「一冊ひゃくまんえんの本」はどんな本か

 もうずいぶん以前から、定価百万円の本、というものについて考えている。

 古書価百万円でなくて、新刊書で定価が百万円ということだ。

 定価というのはけっこう重要なファクターで、古本屋だってつい査定の目安にしたりしてしまったりする(それが原因でよく買値を間違える)。新古書店なんかは、開き直って定価しか見ていない。そりゃお客様側としては、高い金だして買ったんだから、高い値段で買って欲しいと思うのが人情と言うもの。しかし、本というものは、必ずしも定価の高い本が善い本とは限らない。

 そこで、じゃあいっそ定価百万円の本てのはどんな本になるのか、ということを考えてみると、本と定価の関わりについてじんわりと見えてくる部分がある。

 

 ・確実に1億円儲かる方法が書かれた本

 

 あほか。そんな本百万で売る前に自分が実践するわ。

 しかし、世の中にはこれに類似した本がたくさんあって、しかもそこそこ売れてたりするのもまた事実。

 

 ・装幀に百万円分の宝石がちりばめてある本

 

 実在します。金持ちのおもちゃですね。でもこんなのはもはや本じゃありません。これでは本は宝石のおまけでしかないんですから。

 

 ・高名なアーティストに一点ものの作品として作らせた本

 

 これもあります。なかなかいいと思うけど、できれば最低30部くらいはつくりたいところ。なんたって「出版」なんだし。でもたいてい一部しか造られないし、そうでないと売れない。これを「本」と呼ぶかはびみょーなところ。

 

 ・特別な造本で「完全限定版」とか煽り文句を付けた本

 

 上のと似てるけど、ちょっと違う。本自体が作品ではなく、こっちのが「出版」ぽい。昔の画家なんかは特別な画集をこうやって出して、支持者や弟子に売りつけました。でも1冊30万くらいが限度。だって百万あったら、本物の絵が買えちゃうし。

 

 ・世の中のタブーにふれた本

 

 ふれてはならないことが書かれた禁断の書!!……ってのはロマンですね。最近はコンビニで650円くらいで買えるみたいですが。「出版」ってのは「自由」と緊密に繋がっている、つまりは「公開」が原則なんで、そのテのタブーとは本来相性が良くないはず。てか、出版された時点でそれはタブーじゃないでしょ。

 

 ・とにかく定価に「百万円」とつけて売る

 

 押し売り。似た様なことやってる団体はある。しかも永いこと単独政権を(以下略

 実在するのはだいたい1冊10万くらいなんだけど、こういうの古本屋に持ち込まれると困るんだよね。こんなのは当然論外。

 

 とりあえず、今まで思いついたのはこんなところ。

 本、というものに「定価」をつけて売ろうとすると、どうしても異質な部分がはさまってきてしまうことがわかると思う。「百万円」と定価を馬鹿高くすることで、その異質な部分も拡大されて見えやすくなる。つまり、本に混ざってくる「本以外の部分」が少ないことが、良書の条件なのだ。

 でも、本当に「定価百万円で売れる本」が造れたら、どんなにいいだろう、とも思う。なにかとてつもない新たな発想のもとに。そうなれば出版の新たな可能性が開けてくるはず……だよね?

 

 ところで、最近はヤフオクで出版社が売りに出されるんだねえ。しかも「百万円」

http://page5.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e123446823

 なんか買い手がついてるし……