思想家っていつの間に滅んでいたんだろう

 「思想」というものが嫌われてもうずいぶんになります。

 いや、「思想」ってのは嫌われるのが当たりまえで、のんべんだらりと暮らしている人間はそんなもの見たくもない、というものなのでしょう。

 「日常」と「思想」は鋭く対立します。しかし、人は「思想」なんかより「日常」を大事にします、というか、「思想」なんかでおまんまが食えるわけありませんから、そうするのが普通なんです。

 じゃあ、「思想」なんていらないじゃん、と80年代以降の日本ではずっと思われていました。

 ところが、その「日常」が激しく揺らいぎました。さあどうする。

 「思想」は言わば、避難する時の地図のようなもんです。その地図がない。どこへ行けばいいかわからない。じゃあずっとここにいよう。きっと大したことないよ。すぐにおさまるよ。来年になれば笑い話さ。あっはっは。

 きっとそうして、溺れていくんです。ただこの場合、溺れてることに気づかない、という事態もありえますが。

 思想家ってのは、こういう時に脳漿を振り絞って考えるために、普段無駄メシを食ってるんじゃないのか、と去年の3月はいらだっていました。実は、今も。

 とりあえずこれくらは読んでみようかと思っています。