信じようと信じまいと信じられないけれど信じてみたくなる

 ある青年がアメリカの学校に通っていた。お定まりの語学留学というやつだ。

 しかし英語はさっぱり上達せず、当然友達なんか一人もできなかった。留学当初にタイミングを逸してしまい、今さら日本人グループの輪に入るのは億劫だった。

 そこで青年は一計を案じ、食堂の掲示板に小さなメモを貼った。そこには「部屋をシェアしてくれるひと募集」とか「誰か私に数学を教えて」とか、日本にはあまり見受けられないアメリカならではのあけすけな内容がよく貼られていたのだ。

 青年は丁寧に切ったノートの切れ端にこう書いた。

 「誰か今月中の昼休みだけ僕の話し相手になってください」

 そして下に連絡先を書いておいた。

 

 反応はすぐにあった。あまりに早くて驚いたくらいだった。しかも相手は女の子。青年は期待しないようにと思いつつもドキドキした。

 が、実際に彼女にあったとたん、そのドキドキはすっかりおさまった。

 女の子は「冴えない」という形容詞がぴったりくるような、美人でもなければ酷く不美人でもなく、グラマーでもなければデブなわけでもなく、目はやや小さく、歯並びは悪く、化粧らしきものは何もせず、髪はいつもバサバサという有様だった。

 自己紹介をして、つたない英語で少しづつ話しかけた。女の子の反応はさっぱりだった。そして、昼休みが終わるとさっさと席を立った。

 別れ際、青年は内心(もう明日は来ないだろうな……)とあきらめていた。

 

 しかし、そんな勝手なあきらめをよそに、女の子はまたやってきた。「約束だから」とぶっきらぼうに言いながら。

 とはいえ、やっぱり会話はさっぱりはずまない。青年にとって、一日で昼休みが一番気の重い時間になりつつあった。

 

 ある日、「将来の夢」に話が及んだ。青年は将来のことなどほとんど何も考えずに、遊び半分で留学してきたのでその話題はしづらかった。

 が、心配などいらなかった。「夢」の話題になったとたん彼女は俄然はりきって喋り出したのだ。

 「アタシは絶対スターになってみせるわ!」と

 ついつい早口になる彼女を時々落ち着かせつつ、青年はなんとか話を聞き取った。

 「最初はそう、ミュージックスターを目指すわ」

 「アタシの歌で世界中の人のハートを縛り上げてみせる」

 「テレビに毎日のように出て、誰もがアタシのことを知ってるようになるの」

 「映画もちょっと出てみてもいいわ」

 「そのためだったら なんだってする!!」

 等々。

 青年は内心(やめといたほうがいいんじゃないかなあ……)と思った。

 彼女の見てくれでは、その夢は百万光年も彼方のことだと思えたのだ。

 けれど、青年の英語力では彼女を説得することなどできなかった。それに、こんなにうれしそうな彼女を見たのは初めてだったので、せっかく盛り上がってるのに水を注すのは気が引けたのだ。

 「がんばって。君なら必ずなれる。僕も応援するよ」

 心の中とは裏腹に、青年はそう言った。

 

 やがて、約束の「今月」の最後の日になった。

 別れ際に、女の子はこう言った。

 「あなたと話せて一番うれしかったのは、アタシの夢を笑わなかったこと。『応援する』って言ってくれたこと。今まで誰もそんなこと言ってくれなかった。みんな笑ったり馬鹿にしたりするだけだった。ちょっぴりだけど、あきらめかけてた。でもあなたに『君なら必ずなれる』って言われて、やっぱり夢は捨てないことにした。ありがとう。心から感謝するわ」

 青年は罪悪感を覚えたが、今さら訂正するわけにもいかなかった。

 そして、そのまま帰国した。

 

 その数年後、深夜の音楽番組をつけると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 かなり変わってはいたが、確かに彼女の声だった。顔は厚化粧ですっかり印象が違って見えたが、間違いなくあの時の「冴えない女の子」だとわかった。

 

 「女の子」はマドンナと名乗っていた。

 

 

…………

 

 昔人づてに聞いて、「嘘だろ」と思いつつ、本当ならいいなという思いも捨てきれない、そんなお話。