チェルノブイリのことを思い出しながら柏崎刈羽のことも思い出してみた

 1986年、チェルノブイリの原発が吹き飛んだ。

 ソ連は当初このことをひた隠しにしたが、スウェーデンまで放射能(放射性核種)が散らばって「ばれた」

 当時のソ連書記長はゴルバチョフ。まだ就任1年目のことだった。

 ゴルバチョフは「ペレストロイカ(改革)」で知られている。今も西側諸国での人気は高く、チェルノブイリの事故はチェルネンコの時代のことだ、と記憶違いしてる人もいるくらいだ。

 ゴルビーは国外での人気とは裏腹に、ソ連国内での評判はひどいものだった。

 漏れ伝わってくるものはゴルバチョフに対して批判的なものばかりで、中にはほとんど悪罵に近いものもあった。

 「そうした自由な批判こそペレストロイカの成果」とひいきの引き倒しをする人たちもいた。

 が、今になって考えてみれば、当時のソ連国民にとって、チェルノブイリを隠蔽しようとしたゴルバチョフは、すっかり馬脚を表した存在だったのだろう。

 そして1991年のクリスマス(ロシアではクリスマスではないけれど)に、ソ連は崩壊した。

 チェルノブイリがソ連崩壊の原因だったのではないか、と今では思う。

 

 「パニックを避けるために情報の操作が必要だ」という人もいる。

 たとえ善意であっても、嘘は自身を蝕む。

 2007年、中越地震により、柏崎刈羽原発が停止した。あの時、地震に比べて原発の報道は恐ろしく少なかった。原発から煙が上がったことも、海外の報道から先に知らされた。ロイターはIAEAの査察が拒否されたことを報じた。これは後に受け入れられ、拒否したことは無かったことになっている。

 そして査察の結果、事故のレベルは“0”だった。しかし、再開まで2年を要した。

 

 これ以上何かを書こうとしても、上手くまとまらない。

 「今も自分たちは騙されているのではないか」ということではない。もう政府の嘘などどうでもいいのだ。

 嘘にイライラするのは、まだ嘘つきをどこかで信じているということだ。

 一歩離れれば、嘘でも本当でもどっちでもよくなる。

 そうなったとき、嘘つきの嘘は嘘つき自身にくいこむだろう。