「あの日」に帰らない

「あの日」に帰りたいですか?

 

 はい

 いいえ

 

 

 躊躇なく、いいえ、に○をする。

 「あの日」とはいつか、誰もがわかるだろう。

 「あの日」もしくは「あの日々」

 まだ何も知らず、神話を信じていられた「あの日」のことだ。

 

 たとえ「その日から別の未来が選択できる」という条件があったとしても

 

 いいえ、に○をする。

 

 

 大勢の人の前でその問いがなされたとしても

 

 いいえ、と答える。

 

 

 「嘘つき」「かっこつけんな」「そう答える神経がわからん」等々と言われても

 

 いいえ、とさらに答える。

 

 

 「はい」と答えて泣く人の前で問われたとしても

 

 いいえ、と答える。

 

 

 「おまえが『はい』と一言諾えば、この人は救われるのだ」とどこかの誰かに言われても

 

 いいえ、と答える。

 

  こうした問いはこれから何度も何度も、手を替え品を替え、それこそ空気の中に混じる放射能のようにうすめられて、ずっと試されることだろう。

 「どうしたって帰れないから」とあきらめるのではなく、自らが「帰らない」と言うこと。

 一年が経ち、これかも年月を過ごす、そのために。