とうとうブリタニカ百科事典が絶版だって話だがさっぱり心動かされないのはなぜだろう

 Encyclopedia Britannica halts print publication after 244 years.

 というわけで、この度本家ブリタニカ百科事典が紙で印刷するのをやめました。

 「ついにデジタル化の波がここまで!」なんてわざとらしく騒いでいるメディアも見受けられますが、実感として「おせーよ」というのが偽らざるところです。

 我が邦にも平凡社の「世界大百科事典」という老舗がありますが、ほぼ開店休業状態ですね。2007年に一応改訂版が出てるんですが、どれだけ売れたことやら。しかし、こんなのがン百万部も売れて、中にはローン組んでまで買った家もあるとか、ホント、高度成長期の日本は出版社にとって天国のようでした。今、平凡社は下から数えた方が早いくらい給料の安い出版社になっているようですが。

 おかげで古本屋は21世紀の現在になっても、年に数回「ウチにある百科事典を引き取ってもらえませんか」という電話を受け取るハメになってます。丁重にお断りして「お近くの新古書店(ブック○フなど)にお持ちになっては」とアドヴァイス差し上げていたら、ブック○フの方も「買取れない本」リストに“百科事典”と載せるようになってしまいました。やれやれ。でも、まだいろんなとこに眠ってるんでしょうね。実家にもワンセットありますし。

 

 だいたい百科事典というのは「インターネットの到来を夢見ていた書籍」みたいなもんですから、夢が実現したら消えてしまうのは当たりまえなんです。平凡社の事典は20年も前にCD-ROM版が出たとき、さっさと終了しておくべきでした。

 百科事典の意義、っていうのは、「たくさんの事柄が載っている」ことではなくて、「どんな情報も等価に扱っている」ことなんです。だから「国王」も「奴隷」も百科事典の中では平等に扱われます。啓蒙時代にもてはやされ、民主主義が広まるとともに受け入れられた、というのもよくわかります。

 が、しかし、書籍というものは本来、情報をただ並べるのではなく構築し、編み上げる(編集する)ことによって、差異を作り出すものですから、百科事典というのは元々「本ではない本」という本質をもっていたわけです。なので、インターネットどころか、パソコンというのが出回り出した頃から、(近い将来、まず百科事典からなくなるだろうな)というのは、多くの人が内心予測していたことなのです。

 

 まあ、紙にノスタルジーを感じるのもわかりますが、百科事典についてはもうその必要は無いのでは、と思います。

 テーマ別に情報を大系化して構築するのならまだわかりますが、大勢の著者をひっかきあつめて、えいやあっとでっち上げるのはもう流行らないんじゃないでしょうか。

 とはいえ、「ブロックハウス百科事典の初版には、ヘーゲルがフリーメーソンだと書かれているが、2版以降は削られている」というような、陰謀論大好きな人たちが好みそうな“ロマン”がなくなってしまうのは確かではあります。百科事典の版による内容の異同は、ボルヘスが短編小説のネタにもしてましたっけ。

 でも、こうしたノスタルジーは、もう古本にだけ求めればよいのではないでしょうか。

 

 ちなみに、日本の百科事典でも戦前のものは古書として値段がつきます。当時の思考・風潮などが反映されていますから。

 あと、古書としてのEncyclopedia Britanicaは、初版より2版の方が高いですね。いろいろ理由は言われますが、単純に「当時あまり売れなくて残ってる部数が少ないから」というのが真相のようです。

   ↑DVD-ROMのBritannica