吉本隆明はなぜ嫌われる

 全然好かれようとしてなかったから、そりゃ当たりまえでしょう。

 人を「嫌った」とか、わざと「嫌われようとした」んでなしに、ただ「好かれようとしなかった」だけなんですが、そういうところに潔さを感じるファンも少なからずいたこともまた事実。まがりなりにも「思想家」なんだから当然と言えば当然か。

 とうとうお亡くなりなったそうですが、ご冥福とかヘタに祈ったりしたら「冥福?どういう歴史性がそこにあるのか、君は知ってるの?」とか「祈るとか簡単に言うけど、その身体性を引き受ける覚悟はあるの?」とか言われそうなので祈りません。祈るもんか。  この人の著作で初めて読んだのが上の『書物の解体学』です。中公文庫で読んだんですが、今入手しづらくなってるみたいなので文芸文庫で失礼します。

 最初に読んだ時思ったのは、(素直じゃねえなあ)という感想でした。

 しかし、「物を考える」ということが、ただぼんやりあれこれ思い浮かべてりゃいいもんでもなくて、かなりの重労働なんだということはわかりました。若い自分には衝撃でしたね。ええ、正直に言うと、ちょっとハマってました。

 

 そして、この人の神髄ってのは「対談」にあります。

 まーとにかく

 

 「喧嘩を売るのが上手い」

 

 んですね。

 相手が穏やかにすませようとしても容赦しません。とにかく対談を読むと「ははーこうやって喧嘩売るのか」ってよく勉強になります。そんなの勉強してどうすんだ、って感じですが。穏やかにやってるのは娘との対談くらいですね。でもこれは娘の方がパパの扱いになれてるわけで。

 こういうことから、なんでこの人が全共闘に人気があったのかがわかります。

 全共闘ってのは、「俺とお前は意見が違う。さあ一緒に酒を飲もう」な人たちだったんです。とにかく論争することがコミュニケーション。論争が罵倒になり、悪罵の投げあいになり、しまいに酒をぶっかけて殴り合いになっても、それが彼らのコミュニケーションだったんです。しまいにゃ内ゲバになって関係各所にご迷惑をかけたりしたわけですが、吉本隆明は肉体言語にうったえる、ということはしなかったみたいですね。

 

 有名な論争だと埴谷雄高と喧嘩したのがあります。吉本隆明がいい歳こいてコム・デ・ギャルソンのモデルなんかしてやに下がってたら埴谷につっこまれて、よっぽど痛かったのか「コム・デ・ギャルソンの芸術性は『死霊』(埴谷雄高の代表作)に勝るとも劣らない!」ってキレ気味に返答したという、論争というより喧嘩です。途中でビートたけしがお茶を入れにきて、朝日ジャーナルに「高等漫才だ」なんてインタビュー載せたりしてました(名前が吉本だから?)。もっと泥仕合になったら面白かったかもしれませんが、埴谷氏の方が大人で上手く噛み合なかったみたいです。つきあってらんない、って感じ。

 

 そういえば若い頃、三島由紀夫との対談も企画されてたそうです。三島が自決してぽしゃっちゃいましたが、もしやってたら自決がもう少し先になったかもしれませんね。

 

 とにかく論争が盛り上がる方向へ話を持ってく人で、オウムの事件があったあとでも「麻原彰晃は最高の修行者」なんて持ち上げてましたから、もし今元気だったら「原発は絶対必要だ!」くらいはぶち上げてくれてたでしょう。あ、週刊新潮にそんなインタビュー記事が載ったみたいですが、数年前からもうヨイヨイなのはよく知られたことなんで、半分以上捏造なんだろうな、と思ってたらやっぱりそうだったみたいです。

 

 なんかちょっと死んだ人に対して心持ちきつめな物言いになってますが、吉本隆明自身が相手が死のうが容赦しない人でしたから、このように送るのがご本人も喜ぶと思います。