『14歳の子を持つ親たちへ』を13歳の子を持つ親が読んでみたちょっと嫌な感じの感想なんだけど

 今をときめく内田樹氏と知ってる人は知っている名越康文氏の対談なんですが、例によって「答なんかないよ」というのが答な本です。そら、ちょっとだべった内容をたかだか200ページにまとめたような本で、人生の最重要案件の一つでありますところの「思春期の子供の教育」に、ほいほい答がでるわきゃない。とりあえず、「あんたらが答だと思ってることは全然違ってるよ」ということは言ってくれてるので、普段深く考えもせず子供に接してるような人間は読むとかえってほっとしたりします。なんか鏡を見るのが怖いな。

 

 さて、細かいところで違和感を憶えたりしたのはまあ置いといて、というかそういう違和感を演出して読み手に「自分で考える」ことをさせるようにするのが内田氏の芸風でもありますので、いちいちそんなことをあげつらっても著者の思うつぼだからやめとこう、と思ったんですが、やっぱちょっとだけ。

 

 

 えーと、全体の印象として、印象と言ってもけっこうひっかかることなんでわざわざ書いてみるわけですが、なんというか、

   「古くさい」

んですね。思わず刊行年を確認してしまったくらい。2005年か、21世紀入ってるじゃん。なのになんで古くさいんだろう。

 それは、多分もう、「子供の教育について考える」ということが「古くさく」なってるんです。

 え?、って感じですが、最近の親はもう子供を「教育」しようなんて考えてません。考えてるふりはしてますが。だいたい考えてたらプレジデント・ファミリーなんぞが売れたりしませんわな。

 じゃあ何を考えてるかというと、ちょっといやなレトリックになりますが、「高台に逃がす」ことです。

 

  本当はあんまりこういうこと言いたくないんですが、でも思い切って言っちゃうんですが、これからの社会、まあ日本の社会ってことですが、上位1%だけが助 かるようになってきます。ホント、こんなこといやだし、できれば予測がはずれて欲しい。はずれたら、「あんんなことエラそうに言いやがって、どんだけ馬鹿 なんだよ」とか思いきり罵られても良いくらいです。でも悪い予測とか予感とか予想とか、そういうのって当たりやすいんですよ。あーやだやだ。

 で、問題は、私だけがそう考えてるんでなくて、おそらくかなり大勢の子供を持つ大人たちも、似たようなことを薄々感じてるってことです。

 そう、だから親たちは子供の「教育」なんか大して重要に考えてません。

 それより、「どんな手段を使ってでも、子供を『上位1%の高台』に送り出してやりたい」と思ってるわけです。

 「振り向かずに全速力でこの坂を登れ」と子供を叱りつけている、のが今の親なんです。

 これは「愛」なんかじゃありません。「欲望」ですらありません。むしろ「本能」ですね。

 

  「そんな問題は昔からあっただろう」と思われるかもしれませんが、昔は「ダメならダメでやりようがある」という余地があったんです。だから「教育」という 言葉も、それ相応に輝いていた。今はそれがない。高台に登れなきゃみんな溺れる。だから小学校のうちから「学級崩壊」なんかが起きたりするわけです。どう しようもない無力感を親が感じると、それは子供にストレートに伝わりますから。

 これじゃ少子化も止まりませんわ。

 そして、この本はそうした昔の時代へのノスタルジーがいっぱいで、「教育」というものはまだまだ輝きを失うことはない、という確信の元に書かれています。

 

 この本が出た2005年というと、9月11日に総選挙があって自民党が大勝しました。

 実感として、このあたりから「新自由主義」とか「グローバリズム」とかの猛威が身近に感じられるようになってきたと思います。

 「勝ち組」と「負け組」が、言葉だけでなく実体を持って、目の前に現れてきました。

 その境目で、「何か起こってるみたいだけど、何が起こってるんだろう?」と皆が不思議に感じていた時に、「いや、大したことは起こってないよ」とこういう本がでたわけですね。しかし、タイトルつけた人(たぶん編集さん)は上手いなー。

 そういや、自民党の「どう転んでも絶対1%に入ってるボンボン二人」が今でも人気があるみたいですね。あんなに現役時代ダメぶりをさらしたのに。その変な人気はたぶんこの辺から来てるんでしょうね。1%に入れないなら、せめて1%にどんな形でもいいから繋がっていたい、という哀れな欲求が、二人を変な風に押し上げているのでしょう。

 

 この先必要なのは、「高台に登れなかったらどうすればいいか」ということです。

 それはただ「教育」という枠にとどまらず、社会全般につなげて語ることが必要になってくるでしょう。なので、もう「教育」だけの論ってのはあんまり有効な時代ではありません。

 それが、まだ10年も立ってないこの本を「古くさい」と感じた原因なのでしょう。

 

 まあ、とりあえずウチは無理っぽいんで、どうしようか考え中です。

 どうにもなんないかもしれませんが、とにかくあきらめてるような素振りだけは見せないようにしています。