心やましーららら科学の子ー(追記有り)

 前回、ニュートンは嘘つき、なんて話を書いたわけですが、嘘つきはニュートンに限らなくて、もう捏造論文なんて現代でも紙ナプキンのように生産され続けております。

 そりゃ科学者が全員聖人君子だったりなんてするわけないんで、みんな金が欲しかったり、名誉が欲しかったり、たまには海外旅行に行きたいと妻が喚いたり、でかくて毛深い犬が飼いたいと子供がぐずったり、このまま人生終るなんて俺の人生は何だったんだと鬱になったり、いろいろあるわけです。

 とまあ、よくある「人間なんだからしかたないよ」みたいに相田みつを風味でまとめてもしょうがないんで、嘘が許されないのは科学に限らないのになんで科学者の「嘘」はことさらに糾弾されるのかちょっと考えてみましょう。

 社会的影響が大きいから、というのなら経済学や政治学の方が罪深そうですが、これらの学問で「捏造が発覚して云々」というのはあまり聞きません。統計データをごにょごにょしたりとか、やっててもたいして糾弾されないですね。論文を盗用したって、大臣になれたりします。

 

 では、なぜ科学(あ、今さらですが主に理系の方の科学です)はことさらに糾弾されるのか。

 それは科学者が「外側」を認めない、というか、科学の「外側」なんてないよ、と普段から考えているからです。

 科学を万能という人はいないでしょう。むしろ科学の限界を知るのが良い科学者なのですが、そういう人でも科学には「外側」がないと思ってる人は多いです。

 外側というのは、科学とは全然別の世界、反科学でも非科学でもない世界、「倫理」と普段呼ばれている世界です。

 断っておきますが、「宗教」じゃありません。「倫理」です。本当は「人間」とか「存在」とか書いた方がかっこいいし、問題を掘り下げられるんですが、ここは「倫理」と言っておきます。

 科学は普段から「倫理」に対して否定的な態度を崩しません。

 そしてそれについて、多くの人がいらだちを感じているんです。

 いつもエラそうにしてる人が間違うと、普通にしてる人より風当たりがきついですよね。けどそれだけじゃありません。

 

 それから、ここからが重要なんですが、科学者の「嘘」も「倫理」に対する否定的態度がその根底にあるのです。

 だからその「嘘」に罪悪感が希薄なんです。それどころか、一定の価値を認めることすらある。なぜそんなことが起こるかというと、常に科学は「結果」をもとめられるから。それも「いろいろやってみたけど、よくわかんなかったです」なんてのじゃない、一歩か二歩か、できれば数百万歩も進んだ「結果」をです。みんな多少嘘でもいいから「結果」が欲しい。

 おまけに科学は「価値判断に中立」なので、「嘘」というのをなかなかつきとめづらい。嘘みたいなのに、なんとなく成り立ってしまったりする。こういう「中立性」が、「外側」を認めない態度に繋がってくるんですね。

 「価値判断に中立」であることとは科学の根幹です。そのために「倫理」はつねに科学の「外側」に置かれているんです。が、人間はなかなか「中立」にはなれません。なれないのに、「倫理」は外側にある。これじゃ自治を謳いながら校則のない学校みたいなもんです。

 理想ではあるけれど、かならず腐敗する。

 

 真実を求めるはずの科学が、つねに「嘘」につきまとわれるのは、宿命なんですね。

 そして、バレて糾弾されるのも。

 

 

 

 

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【追記】

なんかこんなのがあったので紹介しておきます。


論文捏造で3年総額1億7000万円の研究費をせしめる?

>今や多くの研究助成が良くも悪くも「実態から大きく乖離してその研究が美しく見えるように書かれた」プロポーザルによって獲得されるようになっているのも、また事実だからです。

 

やってますね、糾弾。

でもそれが科学の宿命なのです。