『中世知識人の肖像』からのメモ

 ヨーロッパの科学的知見は中世において、イスラムに多くを負っているということは常識になりました。

 中世知識人の肖像 (ド・リベラ、新評論)から少しだけメモ。

 

○アッバース朝の世界ではフナイン(?〜877)イスハーク(?〜910)ヤフヤー・イブン・アディ(?〜974)などのキリスト教徒が、カリフの命を受けて異教的古代の科学者達の書物を翻訳し、そして解釈していた。

 

○中世ヨーロッパ文化にとっての最大の逆説は、中世ヨーロッパ文化がそれによって定義されると考えられている「スコラ学のドラマ」がアラブにおいて始まった、ということである。

 

○アルベルトゥス・マグヌスやトマス・アクィナスはアラブの神学ー哲学の論文を密かに剽窃していた。ユダヤ人思想家モーセス・マイモニデスの『迷える者の手引き』を読んで学んでいた。

 

 文中のボールドは自分です。

 プラトンもアリストテレスもイスラムなくしては残らず(アル・ファラービー)、数学の歴史はイスラムなくしては語れず、(アル・フワーリズミー、イブン・スィーナー)、旋回舞踏で知られるスーフィズムの完成者アル・ガザーリーは、カントより四百年以上前に純粋理性を批判しました。

 では、なぜ、近代において停滞してしまったのか?

 原因の一つとしては、イスラム教が、完璧な一神教だったということがあると思われます。キリスト教はけっこういいかげんな一神教でしたからね。