かくも人は弱く……神もまた……

 昨日、火曜の定休日を利用して、妻と映画を観に行きました。

 かねてから観たいと考えていた、イラン映画の『別離』です。

 この映画はどんな映画だと言えばいいのだろうか。

 複雑な夫婦の関係を描ききったドラマ?

 両親の葛藤の犠牲になる聡明な少女?

 上流と下流の格差を浮き彫りした社会派?

 イラン社会にもある介護問題?

 むしろ上質なミステリー?

 全部そうだとも、違うとも言える。

 

 いくつも重ねられた嘘が、少しづつ暴かれていくのだけど、あらわになった真実はまったく輝かない。

 くすんだ綿ぼこりをぬぐったら、下から現れたのはくすんだ床だった。

 よくある話? 

 そう、どこにでもありそうな、だけどみんなが眼をそらし、つくり笑いを浮かべて無理矢理忘れてしまう、そんな「お話」だ。

 

 実は、この映画には「神」が映っている。

 それは神々しい全知全能の存在ではなく、たとえば裁判所で互いの顔すらも見ない夫婦の脇で、しょんぼりとうつむいたまま黙っている。

 二階から呼びかけられた無職の男の、少し離れたところで背を向けている。

 なぜそこに神を幻視してしまうのか?

 登場人物は一度も神に祈らない。神に助けを求めない。天空をあおぐことすらしない。ゆえにこの映画には空が映らない。だからだと思う。

 都会の雑踏の中で、神は死ぬことはなく、その機能を喪い、役立たずどころか、むしろ邪魔になっている。

 飾られた小さな聖なる書物(コーラン)に手を置いて「真実」を述べても、そこには何ももたらされない。

 真実は苦く、嘘もまた苦い。真実の方がちょっぴりだけ苦さが増す。まあ、これも「よくある話」

 

 そう、これはイランだけに限らない、どこにでも起こりうる「よくある話」なのだ。

 そして観客がうっかり口に入れた「真実」は、ひどく苦い。

 

 最後に、公式サイトからあらすじを引用しておこう。

 

テヘランで暮らす妻シミンは、11歳になる娘テルメーの将来のことを考えて、夫ナデルとともにイランを出る準備をしていた。
しかしナデルは、アルツハイマー病を抱えることとなった父を置き去りにはできないと国を出ることに反対。夫婦の意見は平行線をたどり、シミンが裁判所に離婚申請をするが、協議は物別れに終わる。
シミンはしばらく家を出ることとなり、ナデルは父の世話のためにラジエーという女性を雇うことにした。
しかし、ある日、ナデルが帰宅すると、父は意識不明でベッドから落ち床に伏せていた。
ナデルは怒りをあらわにして、ラジエーを問い詰め、彼女を手荒く追い出してしまう。
その夜、ナデルは、ラジエーが入院したとの知らせを受ける。しかも、彼女は流産したというのだった……。