『寄宿生テルレスの混乱』をそれほど混乱せずに読めてしまうのはいいことなのかもしれない

Garcia Lorca
Garcia Lorca

 スペインの作家で作曲家でもあったガルシア・ロルカの最後の恋人が明らかになりました。Juan Ramírez de Lucasという “男性” です。ロルカは詩の内容からして、もしかしてそうなんじゃない?と疑われてたんですが、それがはっきりしたってわけですね。この “恋人” と一緒に国外に逃げようとしたけど、当時まだLucasが19歳だったので親の承諾が得られず、そのうちスペイン戦争が始まって、ロルカはアナーキストや片足の教師とまとめて「処刑」されてしまいました。

 恋人と一緒に逃げる、というのは、なんとなく『血の婚礼』を思い出させます。

 『血の婚礼』はアントニオ・ガデスとクリスティナ・オヨスがフラメンコにしていて、それをカルロス・サウラが映画に撮っています。機会があったらぜひ観てください。私は映画館で3回、ビデオで5回ほど観ました。完成度は同じ監督の『カルメン』より上だと思います。そして、こんなこと言っていいのかどうかしらないけど、原作を読むより感動します。映画としては、希有といっていいでしょう。

血の婚礼 [DVD]

 

 で、アメリカではオバマが、現職大統領としては初めて同性婚に賛意を表明した、とかで大騒ぎですね。実際に表明したのは副大統領で、オバマはそれに引きずられた形になったようですけど。

 今朝見たのCNNなんか、ずーっとそれについてやってました。共和党のロムニーは当然大反対。一夫多妻のモルモン教徒だもんね。

 

 と、なんかぐだぐだと書き出してしまいましたが、ここらへんからロベルト・ムージル『寄宿生テルレスの混乱』についての感想です。

寄宿生テルレスの混乱 (光文社古典新訳文庫)

 

 ざっくり言って、これ、ホモフォビア(同性愛嫌悪)のお話です。て、これじゃ単純すぎるか。よくある書き方をすると、「セクシュアリティと暴力性」です。

 寄宿学校という、あらゆる差異をとっぱらった空間に人間を押し込めとくと、なんかの拍子に「差異を作ろうとする力」がうごめき出し、それがときには「暴力」として、ときには「セックス」として顔をのぞかせる……とか、そんな感じ。

 ホモフォビアが暴力と親和すると、なぜかホモ以上にホモ臭くなったりしますが、その「根っこ」みたいなものがえげつなく描かれています。そのためか、ナチスから発禁食らってますね。

 現代ではそこらのニュース(上記の二つのニュースとか)の端々にこういうことは現れますし、私自身男子校時代に二度ほど告られた経験がありますんで、そんなに「混乱」することなく、するっと読めてしまいました。(訳が新しくなったおかげもありますが……そういえば、ここんとこ光文社古典新訳文庫ばかり読んでるなあ……)

 主人公はそうした「暴力」から距離をおこうとして「混乱」してしまう、ということになってますが、現代に生きる人間なら、その「混乱」に巻き込まれることなく、距離を置いて読むこともさして難しくはないでしょう。ほんの数十年前までは、たいへんだったみたいですけれど。

 ちなみにこの小説も、『ブリキの太鼓』のフォルカー・シュレンドルフ監督が映画化しています。テルレスの青春というタイトルです。映画の方は観てないんでなんとも言えませんが、この本のあとがきによれば、いじめられる少年がじゃがいもみたいでイメージとずれてる、そうです。

 

 ムージルの代表作『特性のない男』もそろそろ新訳が欲しいところですね。加藤訳は固いし高いし……