ガリレイの有名な話はほぼ茶番だったということについてのメモ

○当時の教皇ウルバヌス8世はガリレイとは旧知の仲であり、開明的な思想を持っていた。

 

○裁判は二度あったとされる。最初の裁判の訴訟人はオラジオ・グラッシ神父。訴因は太陽中心説ではなく、『贋金鑑識官』の自然微粒子理論。「すべての物質は微粒子(原子)からできてる」というのは聖体の信条を否定するもので、重大な異端であると告発された。が、判決は軽く、微罪ですまされる。

 

○この裁判の後、『天文対話』刊行(1932年)。当初何の問題もなく出版許可が降りている。

 

○イエズス会から再度の告発。ウルバヌス8世は、かばいきれないと見るや、訴因を大罪に当たる(異端とされる)自然微粒子理論(物質原子論)から、微罪の天文論(太陽中心説)にすり替えた。

 

○異端審問所での裁判は茶番に終始した。無期刑は直後に自宅軟禁となり、監視はつくが自由に散歩することもできた。有名な「それでも地球は回っている」は弟子の作り話の可能性が高い。