信用とか凡庸とかぶんぶんぶんハチが飛ぶとかちょこっと考えたことについてのメモ

 ユーロが「信用」をなくしつつある。

 金や銀の裏付けから離れた「通貨」を支えるのは、「信用」という、あんまり科学的とは言い難いものだ。

 

 「信用」について、ちょっと前に「弱者の生きる道」と表現してみたけど、これだと上手く伝わりづらい様な気がする。

 「凡庸な人間の生きる道」とした方がいいかも知れない。

 「信用」というのはおおむね「実直」さによって裏付けされていて、「実直」であるということは、たいていの場合「凡庸」として語られるものなのだ。

 だって、地道に働いて少しづつ借金を返す、なんていう「実直」さに特別「非凡」な能力はいらないんだから。いっぱつ大きく当てる「非凡」よりも、実は「凡庸」なものに多くを負っている、というのが「信用」というものだ。

 

 ところが、新自由主義はその「信用」を嫌っている。正しくは「凡庸」を嫌っているのだが、それは「信用」を嫌うのと同じことだ。自分たちはその信用にのっかって稼ぎつつ、その信用を守る側には立ちたくない、と新自由主義を唱える人たちは考えている。

 しかし、新自由主義のもたらす言説は多くの「凡庸」な人々を魅了する。

 なぜなら、凡庸な人々は凡庸を嫌うからだ。内心、自分自身の「非凡」を信じているのが、凡庸な人というものだ。

 

 かくして、世界中から「凡庸」が排除されたら、いったいどういうことになるのだろうか。

 誰もが自分の「凡庸」さを認めなくなったなら、いったい「信用」はどのように機能するのだろうか。

 

 ところで、ECBのドラギ総裁はユーロをマルハナバチにたとえていた。

 マルハナバチの羽の構造は、科学的に考えて、飛べないはずなんだそうだ。

 飛べないはずが飛んでいる、それはユーロだけに限らないかも知れない。

 

ECB総裁ドラギのスピーチ

http://www.ecb.int/press/key/date/2012/html/sp120726.en.html

>The euro is like a bumblebee. This is a mystery of nature because it shouldn’t fly but instead it does. So the euro was a bumblebee that flew very well for several years. And now – and I think people ask “how come?” – probably there was something in the atmosphere, in the air, that made the bumblebee fly. Now something must have changed in the air, and we know what after the financial crisis. The bumblebee would have to graduate to a real bee. And that’s what it’s doing.