死を想え(メメント・モリ)とか結局上位の集団への帰属を求める呼び声だろとまでは言わないけれどなんかそんな感じのいろいろ

 死ぬということはかなりめんどくさい。生きるの以上に。

 まず病気になるとか事故に遭うとか、でなきゃどんどんおいぼれていくとかして自身の肉体を損耗しなくてはならない。つぎに寝転がってじっとしてなくてはならない。指一本動かしちゃならんし、心臓も止めなきゃならない。葬式で坊主がこっそり屁をこいても「くせえ」と文句も言えない。通夜の最中に小便に行くことも出来ない。火葬場で焼かれても「あちあち」言わずに大人しくしてなきゃなんない。お迎えが来ても「おせーよ」とかなじったりせず、にっこり笑わなくちゃいけない。ああめんどくさい。

 死は何人も逃れられぬ運命だというのに、パソコンのコンセント引っこ抜くようなわけにはいかないってのは、神様の手落ちというやつじゃなかろうか。

 

 つげ義春が日記に書いていたが、毎日死ぬことばかり考えて歩いていて、途中にいい枝振りの木とか見かけると「首つりによさそうだな」と思ったりする。しかし、じゃあそこで首を吊るにはどうするか。まず手頃なロープを用意しなくちゃなんない。荒物屋はどこにあったっけ。買ってるのを妻に見つかったらどう言い訳するのか。その後ロープを持ってここまで歩いてくる途中で不審がられないか。人通りがない時間を調べなくてはならない。ああ、警官が来るな、パトロールのコースなのか。深夜に鉢合わせしたらなんと言えばいいんだ、とまあ、ぐるぐる考えているうちにめんどくさくなってやめてしまうんだそうだ。

 生きるのはめんどくさいけど、死ぬのは超めんどくさい。そして、生きることのめんどくささってのは、死ぬことのめんどくささに起因してることが多い。ということを、つげ義春は直感的に分かっていたようだ。「実は本音では死にたくないのだ!!」とかしたり顔でいう人もいるんだろうが、そういう人は「死」をみつめることはあっても、それ以前のめんどくささについては何も考えていないのだ。

 

 そんなめんどくささに真面目に対応しようとしたのがショーペンハウエルだったと思う。

 おかげ様でこの人の哲学は「厭世哲学」なんて名前でずーっと呼ばれてた。ピーマンが嫌いなせいでピーマンとあだ名を付けられて、いつの間にか「あいつはピーマンが大好きだ」と言われてしまう小学生みたいな感じで。

 全然「厭世」などではなくて、めんどくさいことに背を向けるとよけいにめんどくささが倍加するから、正面からきちんと片付けていくことにしようぜ、とライフハックのお掃除のコツみたいなことを言ってただけなのに、どう勘違いされたのか当時の若者の間に自殺が流行してしまった。「そんなつもりじゃない」という文章を書いたら、弟子が「先生こそ間違っています」と抗議の自殺をしちゃったりする。いやまあ、ご当人の晦渋な物言いにもかなりの責任があると思うけどね。

 余談だが、ショーペンハウエルは仏教徒を自認し、愛犬に「アートマン」と名づけていた。

 

 だから戦争が好きな人は、とてもめんどくさがりなんだろう。戦場にあこがれる若者は、勇猛果敢な戦闘行為よりも、そうすることで誰かがめんどくささを解消してくれることを希望してるわけだ。そう考えると戦争って、助け合いだよね。そうしたい人だけ火星あたりに集まってやらかしてりゃいいのに。

 

 めんどくさいばかりも言ってられないので、たまに「死ぬ練習」をしている。

 といっても、手首に爪切りの裏みたいなスジをたくさんこしらえたりしてるわけではない。

 死ぬ時にはこれまでの人生を走馬灯のように思い出す、と聞くので、その時になるべく「良いこと」だけ思い出せるように訓練しておくのだ。成果のほどを確認できない憾みはあるが、やらないよりはましかなあ、くらいの感じで。

 「練習」は、ひどく疲れてるときや、嫌なことがあって眠れない時にするようにしている。

 まあ、練習というか、ストックはときどきチェックしとかないといけないもんだし。緊急持ち出し袋の中味と同じで。

 誕生日のプレゼントに腕時計を買ったとき、結婚する前の妻が見せた、泣いてるのと笑ってるのと怒ってるのと驚いてるのがいっぺんに出てきたようなへんてこな表情とか。

 新婚旅行で行ったタイの裏町の夕暮れ時に、小さな観覧車がゆっくりと回っていて、屋外上映会のスクリーンがするすると持ち上がり、大勢の笑顔の子供たちがイスを持って走ってきた光景とか。

 娘が生まれた直後の帰り道の駅で電車を待っていた時の気持ちとか。

 自動車のバックミラーの中でだんだん小さくなっていく娘が、信号が変わったときにぱっと歩き出す、何かを決意したような横顔だとか。

 その他いろいろ。