どこまでいっても仮説でしかないようでいて確かなこと

 1861年、明治維新のちょっと前、アメリカでは大きな内乱がありました。

 一般に『南北戦争』と呼ばれるものです。

 この戦争は、流動的労働力によって維持される工業経済(北部)と奴隷によって維持される農業経済(南部)の争いでもありました。

 

 さて、「奴隷」と一口に言っても、各時代各地域によって有り様は様々です。多くは人権など認められず、財産として私有され、売買され、死ぬまでこき使われました。が、開放奴隷が市民になる例も少なくはなく、極端な例ですが、オスマン=トルコの最盛期を創ったスレイマン大帝は、奴隷を妃として多くの子をもうけ、奴隷から宰相を抜擢して国事にあたらせました。

 しかし、アメリカの奴隷には、そうした将来へのほんのわずかな望みすら与えられていませんでした。

 そう、人種が違っていたからです。

 別に奴隷は黒人とは限りません。高橋是清も若い頃、アメリカで奴隷にされていました。

 

 南北戦争が起きる百年以上前から、ヨーロッパでは奴隷貿易を禁ずる流れがあり、人道的にも、そして経済的にも科学的にも、奴隷制を廃する考えができあがりつつありました。

 でもそれは、奴隷制を捨てる決定的な要因とはなりませんでした。

 だって、「経済的」にも「科学的」にも奴隷制を擁護する声があったからです。正確には、経済学は奴隷を擁護し、科学は人種差別を擁護しました。今でもアメリカの経済学者の中には「奴隷は自由労働者よりも良い待遇で働いていた」という人がいます。「科学的」に人種差別を肯定したがる人は、もっと大っぴらに「優生学」や「社会進化論」なんぞを武器にしていました。遺伝的に劣ったものは淘汰されるべきである、というダーウィンを曲解した理論です。

 それから、南北戦争が始まる少し前に米墨戦争がありました。

 このアメリカとメキシコとの戦争には複雑な要因ががからんでいますが、その中の一つとして、「メキシコは奴隷貿易を否定していた」というのがあります。奴隷をスムーズに輸入したかったアメリカにとって、メキシコは邪魔でした。

 米墨戦争に勝利し、当時のメキシコの三分の一を奪い取ったアメリカは、己の正当性について強い自身を抱いたでしょう。実際、米墨戦争の勝利が無ければ、南北戦争は起こらなかったという話もあります。つまり、歴史的な経験からも、アメリカは奴隷制に対して肯定的な根拠を見いだしていたのです。

 

 しかし、奴隷は解放されました。

 それは、トクヴィルが南北の経済格差を見て予言したからでも、北部諸州が最終的に勝利したからでもありません。

 もう、「奴隷」なんてものはおしまいにしなきゃならなかったからです。

 なんのために? アメリカの未来のために。

 みんなそれに薄々気づいていたのです。

 それを見ないフリをしている人たちも、フリをしているだけで感づいていました。だって、南軍を率いたリー将軍ですら、実際は奴隷解放論者だったんですから。

 

 ここでちょっと反則な論を立てますが、少し考えてみて下さい。

 もしあの時、昔のまま奴隷を温存したとして、その後のアメリカの繁栄はありえたでしょうか? 唯一の超大国、なんてものになり得たでしょうか?

 答えはノーですね。イエスという人は、どっか無理してます。

「こんなの、今考えるからそう思えるんじゃないか」という反論は正当です。しかし、あの時アメリカ人の多くの人が正しい選択をし、それがこれから続くアメリカの歴史にとって「正しい」ものであり続けることに気づいていました。

 こうした「気づき」は、宗教や倫理では裏打ちできないものです。ましてや「経済」や「科学」はそあまり役立ちません。むしろ阻害します。

 それは、奴隷が解放された後も、人種差別が延々と、今に至るまで続いていることから明らかです。

 

 歴史に対して投企(アンガージュマン)する、というのはこういうことだと思います。

 科学も歴史も、宗教も倫理も、ついでに過去ばかり懐古する歴史意識も、そのメインにはならず、「変わる時には変わる」わけです。

 こうした論の立て方が危ういことはわかっています。

 が、しかし、変わるべき時に変われなければ、歴史はそこまでになってしまうのです。