そういえば最後に立ち小便をしたのはいつのことだっただろうか

 子供の頃、小便がしたくなると、そこらの道端で立ち小便をしていた。トイレなんか探そうともしなかった。

 原っぱの隅で、通学の途中で、用水路の脇で、公園の滑り台の下で。

 だいたい大人だって、そこら中でじゃあじゃあやっていた。

 真っ昼間の街中でも、ちょいと横道に入ったとこで、いい大人が立ち小便しているのを見かけた。いや、ウチの親父だって、住宅街の真ん中でいきなりおっぱじめたことがある。後を女学生が通ったりしたが、双方とも知らん顔。私一人、恥ずかしい思いをしていた。

 

 立ち小便が軽犯罪に引っかかるようになったのは、いつのことだか知らない。調べればわかるのかも知れないが、調べようとも思わない。だって、少なくとも私が小学生だった頃は、誰もそんな法律なんか守らなかったし、警官だって取り締まろうともしてなかった。昔は女性だって、そこらへんで裾をまくり上げてしゃあしゃあやっていたんだ、とも聞く。

 が、ある時期から、立ち小便を見かけることがほとんどなくなった。

 公衆便所が激増したとか、男の膀胱の容量が倍になった、という話は耳にしない。

 今はコンビニで借りられるが、立ち小便が減った時期はまだコンビニも無かったし、コンビニのトイレが使えるようになったのは、またずっと後のことだ。

 国を挙げて「立ち小便撲滅キャンペーン」がなされたわけでもないのに、日常で「男らしさ」を示す象徴のようだった立ち小便は、びっくりするほど少なくなった。

 

 こういうことは、法律で取り締まろうが、効果はないと思う。「マナー意識の向上」という陳腐なセリフが頭に浮かぶが、誰もマナーなんか意識してないと思う。

 たぶんこれは、「もう、そういう時代じゃない」という意識を、皆が共有し出した、ということじゃないだろうか。

「そういう時代」というのは、「男が男だというだけで色々と許されていた時代」ということだ。

 

 立ち小便があった時代、というものをノスタルジックに語る人はいないが、「そういう時代」については懐かしむ人も多い。「昨今の男どもは軟弱になった」とかいう手合いだ。

 まあ、そういう人たちは「立ち小便愛好会」でも作って、銀座のど真ん中ででも並んでじゃあじゃあやって欲しいものだ。そうして、一斉検挙でもされたらいい。バカなことを言っているようだが、「立ち小便愛好会」と似たようなことをしている連中を、八月になるとよく見かけるので。

 

 

 

新・貧困なる精神 -携帯電話と立ち小便-