もう十年以上前になりますけど、「実話体験ものの怖い話を書く」というバイトというか、仕事をしたことがあります。なんだかんだ五十本くらい書いたかな。
とにかく「本当にあった」ふうに書いてくれっていわれるんですが、先方の要求を容れていくと、どんどん嘘くさくなるんですね。
だって、本当の「怖い話」って、全然怖くないんですから……
これはまだ私が、高円寺のT書店という老舗で修行中だった頃のお話。
ある常連さんに頼まれて、本を自宅までお届けすることになりました。
といっても、そんなに大量の本ではなくて、手提げの紙袋に一杯くらい。場所はJRのとある駅からほど近いところに建っている、けっこう古めのマンションの403号室でした。
今でも良く憶えているんですが、エレベーターがいかにも旧式で、作動音がすごく重々しい。ボタンを押して待っていると、なにかがはっきりと噛み合うような音が響き、つづいて岩を転がすような音とともに扉が開きました。
エレベーターの中を見て、ちょっとたじろぎました。
そこら中らくがきでいっぱいなんです。
全然手入れしてないのか、かなり古いものも見受けられました。
書かれている内容は、昔の公衆便所で見かけたのとほとんど同じでしたね。
が、箱に乗り込んでなんとなしに眺めていると、ふと気になるらくがきが目に留まりました。
403号室にきをつけろ
あの、403号室って、これから行くわけですが……
……と、ここからいろいろ盛り上げてもいいんですけど、実際は何事も無く本を届けておしまいでした。
あのらくがきの意味はわかりません。お客様に訊ねるわけにもいきませんし。
で、この実体験、前述のバイトの際、ちょっと色を付けて書いてみたんですが、見事ボツを食らいました。
理由は「怖くないから」
うーん、ほんとにあった話なんだけどなあ……
まあ、実話体験話の方はそこそこ流通したらしく、たまに私が創作した話を「実話」として語る芸能人を見かけたりしてほのぼのします。買い切りだったんで、全然もうからんかったけど。
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