幽霊なんかいないいないいないいないばあ!

 そろそろ半世紀も生きてると、ちょいとヘンな体験とかもいろいろしたりするわけで、昨日はその片鱗みたいなものをちょろっと書いてみました。

 でも、幽霊ってのは、見ませんねえ。全然。

 手前で「実話」怖い話とか創っといてこんなこと言うのもなんですが、死ぬ前にいっぺんくらい見てみたいもんです。

 

 幽霊を信じてる人はわかりやすいから別にいいんですが、信じない人の中にちょっとわかりづらい人がいるのは困りますね。幽霊の話をおくびにでもだそうもんなら、「いないいない!」「そんなものを信じるのはバカ」「科学的に存在を証明できる?できないでしょ?できるわけがないんだよ」と必死になったりする。あれはなんなんですかね。こっちは一夜の涼を楽しもうとしてるだけなのに、無粋だったらありゃしない。

 そういう人はやたら科学を盾にしますが、幽霊を否定してるのは、なにも科学に限りません。キリスト教だってイスラム教だって、本来の形の仏教だって、「幽霊なんていないよ」てことになってます。でも、宗教と関係なく「いる」と思ってる信者も多いみたいですが。

 科学者だって何も一から十まで科学で考えてるわけじゃなくて、エジソン(一応科学者かな?)なんかは霊界との通信機を創ろうとしてました。あと幽霊じゃないけど、湯川秀樹が輪廻転生を信じてたのは有名な話ですし、ロケット工学の糸川英夫…はいいや、別に。

 

 「神を持たない部族がある」という話を文化人類学関係のエッセイで読んだおぼえがありますが(ヨタかも知れないけど)、「幽霊というものがいない」文化なり社会なりって、聞いたことがないですね。

 教会が権力を握ろうが、革命が起ころうが、民主主義になろうが、共産党政権になろうが、科学万能の世の中になろうが、連綿と続いているわけで、ここまでしぶとく生き残ってるってことは、科学とも宗教とも関係なく、「幽霊」が必要とされているようにも思えます。

 

 さて、じゃあ幽霊とは何か?……という疑問は意味が無いですね。

「幽霊はどんな働きをするのか」と、問いを立てた方がいいんじゃないでしょうか、この場合は。

 たぶん、幽霊ってのは、小さな歴史なんだと思います。

 大声で語られ、万巻の書物に記され、万人に共有される立派な「歴史」ではない、ひそひそと小声でささやかれ、およそ書物に残ることの無い、残っても大して重要視されない、現れては消えるあぶくのような口碑としての「歴史」

 「力」を持ちたがる人が、そうしたささやかな歴史を、ヤブ蚊のように嫌うのもむべなるかな、というところなんじゃないでしょうか。

 だいたい歴史って、死んだ人のことがメインですからね。

 エラい人だけで構成される歴史の上に成立する社会にとっては、名も無い人々の「歴史」なんかうざったいだけなのでしょう。