ねこにゃんにゃんにゃんいぬわんわんわん

 

 

○画像は1910年頃パリに開店した犬肉専門店。

○ルイス・フロイスは『日欧文化比較』(1585)において、「我々は犬を食べないで、牛を食べる。彼らは牛を食べず、家庭薬として見事に犬を食べる」と述べている。

 

○大道寺友山『落穂集』には、「家康が幕府を開く頃には、江戸にはほとんど犬の姿が無くなっていた。武家町人が冬になると見つけしだい殺して食べたからだ」と記されている。

 

○『料理物語』(1643)において、犬はアワビやホタテの貝殻に入れて焼くとよい、とされている。

 

○『富士山の北麓郷談々』(萱沼昭、1981年、私家版)より。

「ポンコツ(註:撲殺)した犬を「大テン」と呼ぶ。「大」の字に点をうてば「犬」だ。冬なら三日ばかり土中に埋めて凍結させ、「枝」をつかんでひっぱると、皮がむけて、スッポリとぬける。いちいち毛をむしり取らなくてもすむし、またいっしょに肉の臭味がぬけてしまうのがうれしい。それを牛豚に交ぜて煮るのだ。肉は牛豚の臭いをひいて、いかに食通でもちょっとききわけがしにくいほどなじむ。増量材に使われる。土に埋めた犬の「脚」を「枝」と隠語するのも、そのほうの世をはばかるデリカシイであろう。」

 

 

○『本朝食鑑』(1695)に『猫の肉の味は甘く膩(あぶらっこ)い。烹(に)れば脂が泛(うか)んで小団子と生り、深青色、澄徹のさまは玉のようである。その味は尤も甘美で、能く痰を下し喘を定(しず)める」とある。

本朝食鑑 1 (東洋文庫 296)  

 

○夏目漱石『吾輩は猫である』でも、「書生」について「猫を食う野蛮人」と書いている。実際に当時土佐出身の学生はよく猫を鍋にして食べた、と小松左京が述べている。

吾輩は猫である (岩波文庫)

 

新島襄について追記

 

○三味線業者は「おしゃます鍋」という猫料理を賞味した。

 

○16世紀頃フランスで猫が増えすぎたので、農民が捕らえて食べたという。

 

The Course of French History 

 

○イギリスでもスチュアート朝初期まで猫が食べられていた。