泳げなければ生きていけないわけでもない

 親父は幼い頃、親戚の叔父さんから川で泳ぎを教わったそうだ。

 そのスイミング・トレーニングは叔父さん独自のもので、今やったらいろんなところからあれこれ言われそうなやり方だ。

 まず、物干竿と荒縄を一本用意する。釣り竿に餌をつける要領で、物干竿の下に子供を吊り下げるようにして荒縄で繋ぐ。次に子供を川の真ん中まで行かせて泳がせる。物干竿から吊り下げてるので、溺れることも流されることも無い。ただ、泳ぎ疲れて休むと、すーっと竿が下がる。当然、子供は川に沈む。子供があわてて泳ぎ出すと、またすーっと竿を上げる。

 親父はこれで泳ぎをマスターしわけだが、現代なら児童なんとか協会だかがすっとんでくるだろう。

 しかし、その村の子供たちは「川で遊ぶ」のが当たりまえで、泳ぎは生きるための必須項目だったのだ。

 

 アメリカにはSink or Swim!、ってのがあって、泳げない子供をいきなりプールに放り込んだりする。溺れて死にたくなけりゃ、必死で泳げってわけ。戸塚ヨットなんとかみたいだ。さすがに今はもうやってないと思うけど、確か『スローターハウス5 』って映画では、幼い頃の主人公が溺れてしまっていた。

 よく知られたことだが、アメリカ人はプール付きの一戸建てに住むのが好きで、そのプールでは毎年のように子供が溺れる。庭のプールで起こる子供の溺死事件は、ピストルによって子供が誤射される事件よりも多い。「あなたのお庭のプールはピストルよりも危険ですよ」なんて言われたりする。当然ジョークだ。普通、こんなことを比べたりしない。でも、日本の「俺は経済がわかってるぜ」風のあんちゃんは、このテの統計を真顔で振りかざして得意気にしてたりする。こういう人ってきっと、社交辞令のお世辞を真に受けちゃったりするんだろうな。「原発の放射能で死んだ人はいない」ってのも同じようなもんだ。真に受けたりせず「You are kidding! HAHAHA!!」と笑ってやればいい。

 

 さて、ユニクロという小洒落た安物を売る会社の人が、こんなことを言ってる。

 

「泳げないものは沈め」ユニクロ柳井氏の業と情

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD290G8_Z20C12A8X11000/?dg=1

 

 いやあ、なんだかすごいね。ビジネスの世界は厳しい。

 でも、ふと考えてしまったりすることがあるんだけど、もしユニクロがつぶれたとして、誰か死んだりするんだろうか?

 まあ、ユニクロに限らない。たとえばアップルが今突然消えたとして、誰かの生死に関わることはあるんだろうか?シリア情勢よりもアップルの株価に一喜一憂してる人なんかは、ピストルで自分の頭を撃ったりするかもしれない。だけど世界規模では大して影響しないよね。きっと原発事故よりも早く、その影響は「除染」される。

 それでも株価はとんでもなくお高いし、会社を支えるために皆死にものぐるいで働いてて、中にはほんとに死んじゃったりする人もいる。

 人の生死以上に重大なことは無い、ということは時々、浄化槽の汚れを見るくらいの頻度で再確認されるけど、高度資本主義ってやつはとっくにそのレベルから乖離して動いてる。

 命よりも大切なこと? たくさんあるよ。金とか健康とかインターネットで上から目線でしゃべることとか。みんなおくびにも出さないけど、21世紀の先進諸国はだいたいそんな感じ。本当にひどいことは、統計に出ないからね。

 

 親父は一度、川で遊んでいて死にかけたことがあるそうだ。

 ある晴れた夏の日、子供ばかり六人ほどで泳いでいると、なんだか水の色が変わってきた。

(まずい)と思って全員に声をかけた。

「みんな、手をつなげ!」

 一番小さい子を真ん中にして一列に手をつなぐと、そこへ大量の泥水が押し寄せてきた。川面がみるみるうちにふくれあがったという。当時はダムなどなかったので、警報も何も無い。おそらく、かなり上流の方で集中豪雨が降ったのだ。

 流れに逆らわないように、皆で少しづつ斜めに泳いで対岸にたどり着いた。へとへとになって橋のあるところまで歩き、ぐるっと回って帰る頃にはすっかり陽が落ちていた。帰宅すると、みんなすごく怒られたそうだ。

 今はもう上流には立派なダムができてて、その川はとっくに遊泳禁止になっている。

 

Sink or Swim