アウシュヴィッツ以後詩を書くのが野蛮なら9.11以後アメリカン・ヒーローが活躍するのは何だろう?

華氏 911 コレクターズ・エディション [DVD]華氏911の真実

「あの晩」のことは良く憶えている。

 私が何も知らずに11時頃に帰宅すると、暗い部屋で妻と二歳の娘が、干潟にとりのこされたイトマキヒトデのように大の字になって寝ていた。起こさないように夜食を作りつつ、夕刊を読んだ。マスード暗殺の続報がないか、念入りに確かめた。

 前々日くらいに?マーク付きで暗殺が報じられて以来、マスードについて気になっていたのだ。

 マスードは長くソ連と闘ったアフガンの英雄で、イスラム世界でもヒーローだった。それが、同じイスラム勢力の暗殺者によって殺されたという。昔読んだ雑誌で、記者がレバノンでゲリラに捕まった時、たまたま持っていた雑誌のグラビアにマスードの写真が載っていて、なぜかそれを差し出して助かったというエピソードを読んだ憶えがあった。何かの間違いじゃなければ、何かとんでもないことが中東で起きようとしてるのかも知れない、と妻に話した。妻は昔、長倉洋海の写真講座を受けてマスードのことを知り、以来彼のファンだったのだ。私はそれ以前からなんとなく雑誌などから彼のことを知っていたが、アフガンがタリバンにほぼ制圧されて以来、その存在を気にかけることもあまりなくなっていた。

 しかし、同じムスリムが暗殺という手段をもって英雄マスードを手にかけることは信じ難く、報道が真実であればよほどのことが起きる前兆ではないかと思われた。

 が、夕刊に続報はなく、妻子を起こさないようテレビをつけずにそのまま横になった。

 

 で、その翌日、九月十二日の朝、朝刊を手にして驚愕した。

 そう、9.11の同時テロが起きていたのだ。

 慌ててテレビをつけると、そのあとゲップが出るほど見せられるあの映像が映し出されていた……

 

 さて、ここで問題。

 市井の古本屋風情が「なんか妙だ」と感じることを、FBIもCIAもNSAも何も感じなかったのだろうか?クロコダイルより優秀な人材をインパラの群ほど大勢抱え、人工衛星で世界中のビキニのすき間をデバガメし、エシュロンで膨大なエロメールを盗み読み、A元総理の本当の身長まで調べ上げている彼らが?

『華氏911』を鵜呑みにはしないし、ちょこちょこ耳にする陰謀論も信じはしないが、釈然としないものを感じてはいる。

 

 では、さらに問題。

 アメリカにはたくさんのヒーローがいる。なんたって、地下鉄に乗れば各車両に一人はいるってくらいだ。私も一度ニューヨークに行ったとき、ホテルのエレベーターでキャプテン・アメリカといっしょになった。紅白の腹巻きをしてたんですぐわかった。「これから仕事?」ときいたら「いや、ゴルフさ」と笑った。そして「ゴルフとblow  jobの関係について興味はないか?」と逆にきかれたとき、ちょうど目的階についたのでおさらばした。バイバイヒーロー。二度と会わないことを願うよ。

 地球を守り世界を守り、中でも特別にアメリカを守っている彼らが果たして、9.11当日は何をしていたのだろう?気になるところだ。マイティ・ソーあたりは「寝てた」とか言いそうだ。

 一人一人にインタビューしてみたいが、あいにく彼らのメアドがわからない。CIAならきっと知ってるんだろうけど、教えてくれないだろうな。

 コミックの中ではどういういいわけがなされてるのか知らないし、知りたくもないけれど、アメリカ人たちはどう感じたのだろう。どこかでそうしたヒーローの存在を期待していたことを恥ずかしく思ったりしなかったのだろうか。どうやら全然しなかったらしい。というか、もう9.11なんか忘れてるのかも知れない。こんな映画を造ってるくらいだもんね。日本人も忘れっぽいけど、アメリカ人も負けてないねえ。

 

 9.11からふた月ほどたった深夜に、たぶん有名なイギリスの歌手がインタビューを受けているのをテレビで見た。歌手の名前は思い出せない。フィル・コリンズじゃなかったのは確かだ。ちゃんと頭に毛があった。

 歌手はアメリカ人に"Welcome to the real world!"と両手を広げていた。それまで本土を攻撃されたことないアメリカ人には、戦争のRealがわからなかったと笑った。かなりぎりぎりのインタビューだったが、それほど問題視はされなかった。それよりもシュトックハウゼンが、テロを「すばらしいアートだ」と評したことの方が騒がれていたからだ。シュトックハウゼンの発言はまったくの誤解から来ていることが後にわかったが、しばらくアメリカ人からちくちくやられたようだ。

  それ以後、ノアの方舟の残骸を探すようにして大量破壊兵器を探しに、はなはだ平和的ではない捜索隊がイラクに派遣された。聖書を信じる人たちがノアの方舟の存在を信じるように、大量破壊兵器の存在を信じる重武装した大捜索隊は、探索にじゃまな銅像や議会や病院や靴屋を掘り返し、隠し立てしようとするフセインとか軍隊とか偉い人とか偉くない若者とか年とった女とか小さな子どもたちを「排除」した。

 アフガンでは寄せ集めの政権がでっちあげられ、議長の背後にはでかでかと引き延ばされたマスードの写真が飾られた。もしマスードが生きていたら、アフガンの新政権もずっとましなものになっていただろう。カルザイ政権の人材不足は日本政界なみに深刻なものだった。暗殺者はこのことを予測していたのだろうか。だとしたら、指示したやつは世界史でも五本の指に入る戦略家だ。こいつが生きてる限りアメリカは勝てない。

 で、去年ビン・ラディンが殺害された。本当なら捕縛して裁判で色々しゃべらせるべきなのにね。なんかしゃべられると困ることでもあったのかな。ブッシュの寝小便癖のことならみんな知ってるのに。

 

 Bye-Bye, the real world!!

 ヒーローたちはまだまだ健在で、映画は史上最高の収益をあげているそうだ。