誰しも人には言えない秘密を持っていると思う。
今回は私の秘密をひとつ、明かしてみたい。
それは……誰も見てないところに来ると、ついつい踊ってしまうことだ。
踊ると言ってもそんな大したことはしない。人に見せられるものではなく、もし目撃者がいたら、きっとバルタン星から電波を受信中なんだと思うだろう。私はディスコに行ったこともなければ、盆踊りに参加したことすらないのだ。だからこそ、誰も見ていないところで密かに踊る。
妻子が留守のときに家で踊ることもある。ベジャールの振付けで有名なラベルの『ボレロ』なんかはお気に入りだ。
交響曲を聞いているときはさすがに踊らない。というか、踊れない。交響曲は踊りに向かない。
1989年、フランス革命200年を記念して、このボレロを振り付けたモーリス・ベジャールが、ベートーベンの交響曲でバレエを造ったことがある。1789年が革命の年なので、交響曲の1番、7番、8番、9番の聞かせどころを少しづつ振り付けたのだ。できあがったものは非常に退屈なシロモノで、見てて眠気を押さえるのに苦労した。実際となりに座ってるおっさんは寝てたし。
交響曲は「踊れない音楽」として定義できるかも知れない。
会議室に一人だけ早くついてしまった時、誰もいない深夜の駐車場、エレベーターで一人だけになった時、ついつい私は踊る。徹夜の警備のバイトの帰り、渋谷ユーロスペースの裏の坂道をバレエのジャンプをしながら駆け下りたこともある。深夜三時頃、警備員の服を着た男が飛び跳ねながら坂を降りて行くわけで、なにかの怪談のネタにでもなりそうな光景だったと思う。
が、しかし、世紀末も深まってきて、そこら中にカメラが設置され出した。
人のいない会議室にも、駐車場にもエレベーターにも、人通りの少ない裏の坂道にも、じっと視線を送る変態覗き魔装置がずらずら並んでいる。みんな平気なんだろうか。もしかして、私以外は全員が露出狂で、人に見られるのが快感なのだろうか。
犯罪の抑止効果?
やかましい。ストレス発散の憩いのひとときを返せ。
だが、そんな覗き魔どもをものともしない存在にでくわした。
なかなか青にならないスクランブル交差点で「早く青になれ踊り」を踊り、開かずの踏切で「電車来るな踊り」を踊り、インスタント写真機の前で「写真はまだか踊り」を踊る……
なんという敗北…………!!
完膚なきまでに負けた……
その存在は今、私の家の中だけで踊るようになっている。朝食の前に踊り、仕事の前に踊り、湯上がりに踊り、便秘になったと言っては踊り、便秘が解消したら踊る。
妻は今も、「新しいパターン」の踊りができたといっては披露してくれる。
その都度私の脳裏には、未来永劫絶対普遍の真理が駆け巡るのだ。
♪おなじアホなら踊らにゃ損そん
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