さあアメリカ人になりなさい

 もはや歴史上の出来事のなりつつある「ジャパン・バッシング」が華やかなりし頃、西武新宿駅ビルの地下に大きなポスターが貼られていたのを憶えている。

 なんかヘタウマっぽい絵で、手足が短く眉毛が濃く金髪でジーンズをはいたキャラクターが、親指と人差し指を直角に開いた手をアゴにあてて、「キメ」ポーズを作っていた。

 書かれているコピーは、「ぼくたちは、少しづつアメリカ人だ」

 

 その頃アメリカ本土では。下院議員が日本車をハンマーでたたき壊すパフォーマンスをしていた。もしかすると州議会議員だったかもしれないけど、どっちだって大した問題じゃない。

 議員がハンマーを振り下ろすたびに、テンガロンハットをかぶってチェックのシャツを着たわかりやすいおっさんとか、でかいメガネをかけて胸の谷間をぎりぎりまで見せてるカーリーヘアのねえちゃんとか、一日何カロリー消費してんだかきいてみたくなる燃費の悪そうなおばはんとか、どうやらそのおばはんが製造したらしい肥育順調な双児の男の子などが、盛大な拍手を送っていた。

 議員のパフォーマンスが終ると、見ていた人たちは交替で、お行儀よく順番に日本車をたたき壊した。みんなすごくうれしそうで、とってもステキな笑顔だった。

 そして、空は限りなく青く、雲一つなかった。きっと神様はこのイベントを祝福してくれてるんだ、と考えてもおかしくないくらい美しい青空だった。

 

 さて、アメリカ人になるにはどうすればいいだろう。

 それは笑顔だ。Smileこそがアメリカ人のアイディンティティーなのだ。

 そしてちょっとでもおかしいことがあれば、腹を抱えてウホウホ笑う。これだ。

 

 ドイツ人になろうと思ったら、毎日バケツ一杯ザワークラウトを食べなくちゃならない。途中でむせても食べきるまで誰も助けてはくれない。自助精神ってやつだ。

 フランス人になろうと思ったら、ワインを飲みながら音を立てずにおならをする術を身につけなきゃなんない。

 イギリス人になろうと思ったら、延々と散歩しなくちゃならない。雨が降ろうがカエルが降ろうが地震が起ころうがなでしこジャパンの決勝が始まろうが、一日何十㎞も。イギリス人が毎日散歩するおかげで、ロンドンはそのうち海に沈むと思われる。アトランティスのように。もしかするとアトランティス人も散歩が好きだったのかも知れない。

 

 その点、アメリカ人になるのはらくちんだ。

 ただニカニカ歯を見せて笑っていればいい。

 起きたらニカニカ、歯を磨いてニカニカ、飯を食ってニカニカ、トイレでニカニカ、働いてニカニカ、車を飛ばしてニカニカ、スピード違反で捕まってニカニカ、罰金払ってニカニカ、やけ酒飲んでニカニカ、隣のやつの笑いがカンにさわったんでぶんなぐってニカニカ。

 そう、こんな感じでゆりかごから墓場まで笑顔を忘れないのがアメリカ人なのだ。

 

 さあ、アメリカ人になりなさい。

 心配いらない。すぐになじむ。

 ぼくたちは既に「少しづつアメリカ人」なんだから。

 

 

さあ、気ちがいになりなさい (異色作家短編集)