ゆっふぉ!!

 小学生のころ、UFOが好きだった。

 どういう風に好きだったかは一口では言えない。たぶん言える人はいないんじゃないだろうか。こうしたものが好き、ってのはそういうことだ。つまり、照れくさいわけ。

 でもUFOを目撃したことは一度もなかった。周りに「見た」という人もいなかった。アルバムをひっくり返しても、それらしきものが映っている写真なんか一枚もなかった。子供心に、「愛されてない」と感じたことを憶えている。かみさまはぼくのことなんかどーでもいいんだー!、とそんな感じ。きっと、ノアの方舟を見送る人たちは、こんな気持ちに近いかったと思う。

 それでもあきらめきれず、いろんなUFOの情報を収集すると、子供でもわかる矛盾や事実の「衝突」が見られ、だんだんに熱が冷めていった。きっとこの時、「おとな」というやつになったのだろう。成長するきっかけがUFOなんて、20世紀のおこさまらしくてよろしいですな。まったく。

 

 実は、大人になってもちょっと懐かしい。「プロジェクト・ブルーブック」「コンドン・レポート」、そんな言葉にわくわくしたものだ。今だってちょっとわくわくしている。

 上のはグーグルのストリート・ビューに映ったUFOとかいうやつ。

 うーん、これはレンズに光が屈折したかしたもんじゃないのかなー。いや、屈折してるのは自分の心の方かな。大人ってやだね。

 

 以下、C.G.ユング『空飛ぶ円盤』からちょっと引用。

 

……たとえUFOが物理的な実在であったとしても、それがそのまま心的投影の原因なのではなく、ただ投影のきっかけにすぎないということである。その種の神話的主張は、UFOのあるなしを問わず、常にあったからである。UFOが目撃される以前には、だれも、それとこれとを結びつけようとは考えつかなかっただけである。これらの神話的な申し立ては、何よりも普遍的無意識という心的背景の特殊な性状に由来している。したがって普遍的無意識は常に投影を行ってきたことになる。つまり、天空に現れる円盤ばかりでなく、他のさまざまな形でも投影されてきたのである。……

 

 ユングはのちにこの自著を否定した。ブラックメンがやってきたわけではないみたいだけど。

 つまり、「UFOは現代において神話の代替品みたいな役割を果たしている」というわけで、そういえばそうかな、と思わせられる。

 実を言うと、ユングの名前を初めて知ったのも、UFOの本からだった。

 ありがとう、UFO。

 できれば一度姿を見せてくれると嬉しいんだけど。

 

 

空飛ぶ円盤 (ちくま学芸文庫)

コメントをお書きください

コメント: 1
  • #1

    Brandi Kellog (木曜日, 02 2月 2017 01:53)


    Hello fantastic blog! Does running a blog such as this require a massive amount work? I have very little expertise in programming but I was hoping to start my own blog soon. Anyway, if you have any suggestions or techniques for new blog owners please share. I know this is off subject but I simply needed to ask. Many thanks!