今日は妻の誕生日なので、なれそめの話をひとつ。
あれは二十二年前、台風が足早に通り過ぎた日のことだった。
野川にかかった橋の上を歩いていると、足元の方にただならぬ気配があった。
橋からのぞくと、たっぷり増水した川の中ほどに、たたみ一畳ほどの中州が出来ていて、そこに一群れのススキが長々と背を伸ばしている。それが、風もないのにばさばさゆれているのだ。
おや、ネコでも取り残されてるのか?と、ふと哀れに思って川岸に降りたった。
すると、ススキの揺れがぴたりと止まった。
妙に思ってなおも注意して見ていると、増水で沈んだススキの穂が一つかみ顔を出しているその上に、普段は見慣れぬ動物が鼻面をのぞかせていた。
(た、たぬき……)
少し迷ったが、とりあえず様子を探ってみようかと、靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾をめくってざぶざぶ川に入った。流れはまだ早さを保っており、うっかりすると足を取られそうだ。
中州までもう少しのところでたぬきは顔を引っ込め、またススキがばさばさゆれ出した。
(あんまり驚かせて川に落ちられると後味悪いなあ)
と警戒しつつなるべく音を立てないよう中州に上がった。そして、そーっとススキの葉を分けて中をのぞこうとしたところで、今度はこっちが驚かされた。
たぬきがいきなり背中にとびついて来たのだ。
羽織っていた安いダウンジャケットに、がっちり爪を立ててふるふる震えている。
やれやれ、と息を一つついて、たぬきを背負ったまま岸に戻り、そのまま家に帰った。
で、この時のたぬきが女に化け、二度とたぬきに戻らぬようしっぽをとって私の妻となったのだ。
しっぽはその徴(しるし)として、しばらく家に飾られてあった。
……てなことを、四歳だった頃の娘に教えました。
この話を聞いた時の娘の顔は今でも良く憶えています。
「え……嘘でしょ?ねえ嘘でしょ?ママはたぬきなんかじゃないよね?」
相当なショックだったようです。
そんな哀れな娘の姿を見て、私たち夫婦はそろってこう言いました。
「ううん、ほんとうだよ〜〜〜」
いけませんね、これは虐待ですね。
しかし、次の日、娘はある行動に出たのでした。
妻の背中にまわってコブシをうちつけるような動きをしつつ、
「カチカチカチ」と言ったのです。
妻が怪訝に感じて訊きました。
「なにそれ」
娘はにっこり笑って答えました。
「かちかち山!」
今度は妻の方がショックを受けました。
「ウチの娘があたしを焼き殺そうとしてる〜〜」
嘆く妻を追い撃つように、娘はなおも妻を追い回しては
「カチカチカチ」
と言い続けたのでありました。
いやあ、恐ろしい。「火宅」ってのはこのことですかね。違うか。
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