小林秀雄食通伝説

THE海原雄山至高の極意編

『美味しんぼ』という漫画はみなさんすでにご存知でしょう。これに登場する海原雄山って、どう思いますか?こんな人、本当にいたらやだなあ、と思いませんか?ちなみにウチの娘は最初、うみはら・おやま、と読んでました。最初に「うみはらおやまって、ほんとにいるの?」と訊かれた時、口紅にアイシャドウの海原雄山が「この鯉の洗いをつくったのは誰だああ」と叫んでる図がぽっと浮かんで腹が痛くなりました。やめて。

 えーっと、この人のモデルは北大路魯山人ということになってるんですが、似たような人は他にもいます。

 それは、文芸評論家の小林秀雄であります。

 いやまあ、この人、普段口では食通を馬鹿にするようなこと言ってるんですが、自分自身が超のつく食通で、高級料亭に招かれてもちょっと料理が気に入らないと、全然箸を付けないでずーっと酒呑んでたそうです。そんで、一通り料理が卓に出ると、ぷいと立ち上がって「◎◎の△■でマグロでも食いましょう」と料理を放ったらかしたまま出てってしまうんだそうで。

 うーん、海原雄山でもここまでひどいことはしないんじゃなかろうか。

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 とはいえ、無視するだけならまだマシで、料理をぼろくそに貶すのなんかしょっちゅう。どんな老舗名店だろうと容赦なし。でも、ただ悪口言うだけなら誰だって出来るし、店の方だって半笑いで「はいはい」やりすごしてりゃいいわけですが、この人はそれだけにとどまらないからのでタチが悪い。

 ある日、鎌倉の某店で柳川鍋を注文し、でてきた鍋を一口食べてけちょんけちょんにけなしました。しかもその上「俺が教えてやるから、言う通りに作ってみろ」

 で、小林が調理場でコーチして、言われた通りに作ってみると、なるほど店で出してるものより格段に美味い。それからその店では「小林流」の柳川に切り替わったのだとか……

 

 なんか、『美味しんぼ』そのまんまですね。

 そういえばこの人、中原中也の女を奪っちゃったんですが、その女ってのが家事全般一切ダメ、そのくせわがまま放題な女でした。妹の高見沢潤子(のらくろの田河水泡の奥さん)が、「当時の兄は本当に可哀相な有様でした」と回想してるくらいで、おそらくその時、料理も相当作ったんだろうなあ、と推測されます。でもね、そのテのこと、ぜんぜん書き残してないんですよ。

 文学者ってのは、「正直な嘘つき」でないとできないのかな、と思いました。