もう教祖様ったら!!

 前回の続きってわけじゃないけど、イスラム教のお話。

 ムハンマドは「奥さんは四人まで」と言っといて、自分はずっとたくさんの奥さんがいました。コーランには「ムハンマドだけ許すからそうしなさい、ってアラーが言ったからそうする」とか書かれています。なんかずるいっスよねー。自分だけかい。組織のトップって、よくこういうことするんだよなー。

 しかしまあ、当時イスラム教はぐんぐん拡大しつつあったんですが、一面ではまだまだ不安定な存在でした。周辺の部族と仲良くしとかなきゃならないんで、それには部族から「嫁をもらう」のが一番手っ取り早かったんです。

 それに、ムハンマドは二男二女をもうけてますが、全員最初の奥さんとの子供で、それ以外とは子作りしていません。最初の奥さんハディージャは二人の夫に先立たれた寡婦で、四十歳近くで二十五歳のムハンマドと結婚したのでした。奥さんは前夫の商売を引き継いでいて、この人の経済力なしにはイスラム教は成立しなかっただろうと言われています。

 そして、ムハンマドがたくさんの妻を娶ったのは、ハディージャが死んだあとでした。

 

 とまあ、一応の言い訳はありますが、わざわざ神様に「おまえは四人以上もらいなさい」って言わせるのはどうなんですかね。アラーが聞いたら怒るんじゃないか。「そんなん言うてない」とか。

 しかし、こういうもにょもにょしたことってのは、何もイスラム教だけに限りません。

 クリスチャン以外はあまり知りませんが、イエス・キリストには五人の弟妹がいました。

 弟の一人は「義人ヤコブ」と呼ばれ、イエスの死後も布教活動していました。

 それでですね、この「弟」の位置づけが宗派によって違うんですね。

 ギリシャ正教なんかは、聖母マリアの処女性を守るために「先妻との間の子である」なんて言ってます。あのー、じゃあなんでイエスより年下なの?普通に考えておかしいじゃん。

とにかく「聖母マリアはイエス・キリストしか産まなかった!」てことにしたいのなら、貧乏大工のヨセフさんが他で子作りしてた、てことにしなきゃなりません。なんかヨセフさん可哀相ですね。

 カトリックは「弟妹ってのはイトコのことだから〜」と無茶を言ってます。いや、古代ユダヤ社会でイトコを兄弟と呼ぶ場合はありますが、それ金持ちの権力者や武装した遊牧民だけだから。なんで貧乏大工がそんなことすんのよ。

 まあ、普通に考えてイエスもその弟妹もヨセフとマリアの間の子でしょ。

「神の子だ」「処女懐胎だ」なんてのにこだわるからおかしなことになる。

 

 じゃあ、お釈迦様はそんな話がないかというと、さにあらず。

 釈迦の息子にラーフラてのがいます。ラーフラってのは障碍って意味だそうですが、それについては諸説あります。

 で、このラーフラ、お母さんのお腹の中に五、六年とどまってたそうですね。うわ、象より長い。中でしゃべりそう。

 ラーフラの母ヤショーダラーの妊娠がわかった時、「夫が出家してんのになんで妊娠できるんだ!」「この恥知らず!」「親子ともども焼き殺してしまえ!!」と、釈迦の父親である浄飯王はヤショーダラーをなじりまくりました。それに対してヤショーダラーは、あくまで「この子は釈迦の子です!!」と言い張りました。で、ラーフラが産まれた時に大地が鳴動し、やはり釈迦の子であるとわかったのでした。

 後世の教典は「釈迦が出家する時産まれた」てことにしてつじつまを合わせてます。

 が、実は釈迦が出家後もちょこちょこ実家に帰ってきて、奥さんと“なかよしこよし”してたのが真相じゃないか、という研究もあります。

 

ゴータマ・ブッダ考  

 

 まあ、修行つらいですもんねえ。たまにはくじけそうになって、優しい奥さんに慰めてもらいたくもなるってもんです。

 

 私の曾祖父も家出してました。出家でなく、家出。原因は借金。戦前の日本男児のほとんどがそうだったように、曾祖父もへたくそなくせに賭博が大好きでした。祖父には弟妹が九人いましたが、そのうち四人ほどは曾祖父が出奔中に生まれています。ちょこちょこ借金取りの目を盗んで帰ってきては、種付けしてたみたいですな。

 祖父は尋常小学校を出るとすぐに働き出し、幼い弟妹を全員学校に行かせ、やがて砂利の採掘会社を起こして、曾祖父の借金をすべてきれいにしました。曾祖父はそこへ悪びれもせずのこのこ帰ってきて、八十過ぎで死ぬまでぶらぶら遊んで暮らしたそうです。

 そして、祖父はこういうのが口癖になりました。

「神だの仏だの、そんなものがこの世にあるか!」

 そら言うわな。