「ねえねえ、あたしが芥川賞とったらうれしい?」
ニコニコした娘がまっすぐな視線で問いかけてきました。
さすが中学二年生。欲望に迷いがありません。
遠方の山は低きに視える、昼間の火事は近くに視える、ということを知らないのでしょう。まあ、しかたないか。
「芥川賞か……、では、芥川賞をとるための三つの条件を授けよう。というか、これは芥川龍之介が『良い作家になる条件』として言っていたことだ」
「うん、なになに?」
「まず、『漢字の読み書きができる』これはクリアしてるな」
「うん」
「でもこないだ、『豊臣秀吉』を『農臣秀吉』とか書いてたよな」
「忘れて。もうしないから」
「では次に、『数学の成績が良い』こと」
「最近上がってきたよ。でも、小説と数学と何の関係があるの?」
「論理的に考えられないとダメだってことさ。そして最後、『足が速い』こと」
「えー…でも、こないだの長距離、タイムが二分縮んだよ」
「でもビリだろ」
「だってさー…ごにょごにょ」
「ちゃんと手を抜かずに競争できないとダメ。ビリで楽しようとすんな」
…………
娘の教育状況については多々考えるところがありますが、鈍牛巌のごとく動かんので、鼻輪をつかんで引きずるよりも、涎が垂れてきたら目の前で餌をふってやるようにしています。とにかく「競争心」てもんがなさすぎる。なんでないかというと「負けず嫌い」だから。矛盾してるようですが、自分から負けておけば「負かされる」ことがないわけで、そういう小狡い考えは還暦すぎてから発揮しても遅くはないんだから、若いうちはもっとばんすか負けてどんすか泣いて欲しいもんです。
芥川龍之介の三つの条件については、やや娘向けにウソを含めています。本当は、
・作文が下手なこと
・算数が得意なこと
・かけっこが速いこと
…です。
一読しておわかりのことと思いますが、これは子供向けに言ったことです。「作文が下手」は、変な風に勘違いされても困るんで、勝手に変えさせてもらいました。龍之介さんごめんなさい。
しかしまあ、これって、「作家になるには僕をめざせばいいんだよ」と言ってるようなもんですね。
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