あの浜辺には今もアインシュタインがたたずんでいるのだろうか

『浜辺のアインシュタイン』という「舞台」について知ったのは高校三年のときだった。

 実際にその「舞台」を見るのは二十年後のことになる。

 とりあえずLPレコードを入手し、それをカセットテープに落として、ウォークマンで一日中聞いていた。大げさでなく、少しでも暇があればこの音楽ばかり聞いていた。他には何も聞く気になれなかった。半年ほど、そんなふうにしていたと思う。

「舞台」が来る前に、メイキング・フィルムが上映されたことがあった。今は亡き六本木WAVEのレイトショーで、一週間ほどしかやらなかったと記憶している。

 普段足を運ぶことのない六本木にのこのこ行ってみると、意外と映画館の席は埋まっていた。満員ではなかったが、七、八割は入っていたと思う。バブルというのは金ぴかなだけでなく、文化においても背伸びをする空気があった。

 映画の中で印象的なエピソード語られていたので、記憶を頼りにメモしておこうと思う。

 語ったのは、『浜辺のアインシュタイン』という「舞台」を作ったロバート・ウィルソンだ。

 彼は若い頃、脳性マヒの子供たちを集めた施設で働いていた。

 そこに一人、彼が「お気に入り」にしていた男の子がいた。

 その男の子はなんでも知っていた。

「木はなんで立っていられるの?」「あそこの道はどこに続いてるの?」「神って何?」「芸術って何?」

 なんでもござれだ。どんな質問だろうと、男の子は即座に返答した。もちろん、その場の思いつきを答えるだけなので、同じ質問をしても日によって答が変わったりする。普通の人が聞けばただのデタラメに思えるだろう。

 ある日、ウィルソンはいつものように質問した。

「アインシュタインって誰?」”Einstein, who?"

 すると彼は答えた。

「知らない」"I don't know."

 初めて聞く答だった。

 ウィルソンはそれから男の子と顔を合わせる度、何度も同じ質問をした。

「アインシュタインって誰?」「アインシュタインって誰?」「アインシュタインって誰?」……

 男の子の答はいつも同じだった。

「知らない」「知らない」「知らない」……

 しかし、何度目かの質問で、男の子はこう言った。

「ちょっと待って」"Just wait."

 そして部屋に引っ込むと、しばらくして一枚の絵を描きあげてきた。

「これが、あいんしゅたいん」

 絵は、一人の男がどこかの浜辺にたたずんでいる、というものだった。

 ロバート・ウィルソンはこの絵からインスピレーションを得て、『浜辺のアインシュタイン』を作り上げた。

 なお、『浜辺のアインシュタイン』には、アインシュタインは一秒も出てこない。

 

 

Einstein on the Beach