作家たちのペンネームの由来をメモしておこう

森鴎外の「鷗外」は実は友人(斎藤勝壽)から借りたもの。

『舞姫』を発表する時、本名ではなんなので友人の雅号を拝借し、そのままになった。

貸した方の友人は、鷗外の文名が上がったのを喜び、自らは無名道人と号するようになった。

 

幸田露伴の「露伴」は、「里遠し いざ露と寝ん 草まくら」の句からきている。

「露と寝る」ので「露伴」

若い頃の露伴は貧乏で、道後から東京へ出るのにほぼ徒歩で行った。その途中野宿して子の句を詠んだ。東京まで三十五日かかったという。

 

直木三十五は本名の植村宗一の「植」を分解して「直木」とし、三十五は年齢だった。最初三十一と名乗り、それから増やしていって三十五で止まった。理由はいろいろ言われているが、「三十六」と書いた時、編集校正で「三十五」に直されたので、そのまま定着したのが本当らしい。

 

樋口一葉の「一葉」は、達磨太子の故事からとっている。達磨が芦の一葉に乗って揚子江を渡ったという話があり、貧乏で「おあしがないから」それにひっかけたとのこと。

 

三島由紀夫の名は、『花ざかりの森』が掲載される時、作者が中等生であることに配慮して、編集部の方で適当につけたもの。三島は最初のうち嫌がったらしい。編集会議が伊豆修善寺で開かれていたので、乗り換えの「三島駅」に「ゆく」「おとこ」とのこと。

 

○漱石など、有名すぎるのはパス

 

幸田露伴「努力論」