億万長者だったら良かったのに

 自分が億万長者なら良かったのに。

 顔を知っていたり、声を聞いていたり、日常の一コマに欠かせない人が死ぬと、いつもそう思う。

 別に、金を湯水のように使えばその人が救える、と考えるわけではない。どんな金持ちだって死ぬときは死ぬ。

 大金をまき散らせば悲しみを和らげられる、と考えるわけでもない。どんなに金を使っても失われたものが戻るわけがない。

 

 有名な歌舞伎俳優が死んでも、世界のあちこちで悲惨な殺戮が起きても、年間に何万人もの自殺者がでても、そういう気持ちになることはない。

 きっと自分はひどいエゴイストで、前足のちぎれたヤモリと同じ程度の人間なのだ。

 

 億万長者だったら良かったのに。

 朝の雲は少し固いように見える。ベランダにくるメジロは誰かが作った機械のように思える。冬のバスはわざと遅れているように感じる。

 そんな風に。