『戦場のメリークリスマス』についての底の浅い話

影の獄にて  

 

 

 大島渚が亡くなりました。晩年は深夜にやおら立ち上がって怒鳴り散らす人になっていましたが、「二十世紀の映画を語るにおいて外せない一人」(スーザン・ソンタグ)であることは確かです。

 代表作は『愛のコリーダ』なわけですが、その後の日本の文化状況への影響は『戦場のメリークリスマス』の方が大きいでしょう。

 これに出たことでビートたけしは「北野武」になることができたし、坂本龍一は『ラスト・エンペラー』への道筋がつけられたわけですから。

 

「映画自体はまったくつまらないが、音楽は素晴らしかった」という鮎川信夫の評は、今思えばけっこう的を射てたなあ、と思うわけですが、本当はこれ、「エロス」の映画ですよね。そこらへん、『愛のコリーダ』からぶれてません。剛球一本勝負です。

 

武士道とエロス (講談社現代新書)  

 

 ホモ映画と呼ぶ人もいました。いましたってか主役のビートたけしがそう言ってたわけですが、実際は「武士道」とうものの底流にある「ストイックなエロティスズム」というわけのわからんものをえぐり出そうとしたわけです。こういうとこ、晩年の『御法度』までつながってますね。

 武士道てのは元々「暴力に裏打ちされた倫理」という矛盾があるわけで、それを「エロス」の側から見つめるのは、彼なりの政治に対する「かまえ」だったのでしょう。『朝生』だかで一晩中がんばってたのも、そこら辺に動機があったのかもしれません。『朝生』って一回しか見なかったからよく知らんけど。

 

 あと、ロケ中にスタッフが一人行方不明になったけど、よく探しもしないでほっぽらかして帰ってきたと聞いているが、大丈夫だったのだろうか。