好きじゃできず嫌いじゃできず中途半端じゃなおできず

『当世大学生気質』という本が大正十五年に出ています。発行元は未来社。帝国大学新聞社編となっております。

 その中に、『古本の巻』という見出しがありまして……

 

……岩波書店主人岩波茂雄氏は出版をはじめる前には古本屋をやっていた。古い『思潮』という雑誌の広告欄にその時分取扱っている本の名と値が出ているが、その時分の岩波書店主人古本を買いにお客のところへ行く、そしてそこに自分の好きな本乃至は欲しい本があると、もうそれは矢鱈滅法の高値で買い上げて来たものだ、それで古本屋として岩波はとうとう成功しなかった。

 岩波茂雄氏は人も知る如くここの大学(注:東大)の哲学科の選科出身、このごろは大学での出版屋が流行る。…………しかし岩波書店主人の先例があって、古本屋丈けは学士様では経営ができぬと相場が決った。それは古本屋が出版屋に較べて文化への貢献が劣るものというためでは決してなく、古本屋の主人というものは書物の値打ちを踏みにじっても平気なくらい猛烈な営利心が強くなければならぬのだからその条件には適せぬためなのである。

…………

 

 うーん、これを書いた人は古本屋によほどの怨みがあると見える。

 この後、「古本屋にいかに高く売りつけるか」という方法が書かれてますが、引用するのはやめときます。幼稚な方法ですが、マネされるとイヤなので。

 しかし、「書物の値打ちを踏みにじっても平気なくらい猛烈な営利心」って、あのね、出版だって営利心なしにはできないでしょうに。まあ、岩波茂雄は出版の方も最初のうちは大変だったみたいですが。

 そんなにすさまじい「営利心」があったら、古本屋なんかやってませんよ。まったく。

 こういう言われ方には慣れてますが、大正の頃からこの調子だったんですねえ。やれやれ。

 

 

 

 

「好きじゃできず嫌いじゃできず中途半端じゃなおできず」ってのは、昔から極道の言い草です。極道ってのは、ヤクザだけじゃなくて「道」を「極」める人のこと。

「営利心」云々以前に、好き嫌いだけでやってたら持たないわけで、「自分の好きな本乃至は欲しい本があると、もうそれは矢鱈滅法の高値で買い上げて来た」なんてことやってたら、そら保たないのは当たりまえ。

 でも、続けてたからってなんの自慢にもなりませんけどね。ふう。