棚の下で待っているとぼたもちは落ちてこない

「だからインフレーションなんてものは所謂好景気なんてものじゃない。価格の騰貴に乗じて金持ち連中が富を奪い合う形さ。そこを良く理解して、金持ちでなくっても金をうんと借りて、金持ちみたいに振る舞うことがインフレ景気をもっともよく利用することになるのさ」

…………

「……好景気と、今回のインフレ景気とは、大いに相違する処がある」

「どういう点が相違するか」

「まずそれを列挙すれば下の如くであろうか。

①好景気の場合には、物価や株価は上がっても、また後日下げるけれども、インフレ景気の場合には物価や株価は上がったきりで下がってこない。

②好景気は需要増加から来るが、インフレ景気は平価切下げ見越しから来る。

③好景気の際には一般民衆の収入まず増加して、然る後に徐徐として物価が騰貴するのだが、インフレ景気の際には物価の方がまず騰貴し、而して後に徐徐としてストライキの力で嫌々ながら収入が増加する。

④したがって、好景気の際には、収入増加率の方が物価騰貴率よりも大であったが、インフレ景気の際には物価騰貴率の方が収入増加率よりも大である。

⑤したがってまた、インフレ景気の下に於いては金持ちは値上がりの利益でホクホクするかも知れぬが、一般勤労大衆は物価高で生活難を蒙り、社会問題が激化するにいたるであろう。

⑥好景気は、富の分量を全体として増加させるものだが、インフレ景気は富の所在を変化させ、富の分布状態を激変せしめんとする。

⑦詳言すれば、インフレ景気は金持ち同士をして、値上がりを背後として富の争奪戦をなさしめ、富の集中化を一層大ならしめるものである。

「そうすると、やはりインフレ景気のものではうんと借金して株式でも買うに限るのですね」

「全くそうです。借金しただけではつまらんので、借金した金で株式でも買っておかねば駄目です」

(仮名遣い等一部改変)

 ……以上は、昭和八年の雑誌『現代』の付録の一部です。発行元の講談社は、まだ大日本雄弁会講談社という、無駄に長くて勇ましい名前でした。

 昭和八年というのは、ルーズベルトが大統領になって禁酒法をやめて、ドイツではナチスが独裁を確立し、日本は国連を脱退、三陸地方大地震が起こって東北地方を津波が襲い、三原山の噴火口には身投げする人間が続出、噴火口に読売の記者が危険を顧みずに降りて取材したりしました。この記者が後の正力松太郎だったりします。

 なんというかまあ、日本中が変に明るい不安に酔っぱらってるような時代だったようです。

 

 んで、冒頭の「好景気とインフレの違い」って、最近忘れられがちというか、わざと記憶のらち外に置いてホラ吹きまくってる人を見かけるんですけど、なんか勘違いしてやしませんかね。

「インフレになれば景気が良くなる!」とか、景気が良くなっても生活が良くならなきゃ意味ないんですけど。そこをわざと無視してんのは、リーマン・ショックですっかり信用をなくした「トリクル・ダウン」てやつの焼き直しでしかなんじゃないでしょうか。

 実際は「インフレ景気の際には物価の方がまず騰貴し、而して後に徐徐としてストライキの力で嫌々ながら収入が増加する。」わけで、「トリクル・ダウン」なんておこぼれを待ってたら、いつまでたっても落ちてこないわけです。

 とはいえ、「政権交替は二度と御免だ」という意志の元に政財界は動いてるわけで、もしかするとちょっぴりくらい「トリクル・ダウン」があるかもしれませんね。政権交替はストライキより良く効く、といえるかもかもかもしれません。かもが多いのは、あんまり期待してないからです。

 

 さて、この冊子には「米と生糸相場はどうなる?」というコーナーもありまして、勝田貞次という「景気研究所所長」の肩書きを持つ人が答えています。

 

…………私は生糸と米と、これが一番国内のインフレーションのバロメーターになろうと思います。

…………私どもは生糸は二千五百円くらいに見ております。

…………その年の秋を目標として考えると、今の米の二十五円台、生糸の千円というものが押し目買いで安いところを勝って、一年間頑張れば、まあ思惑者は儲かるという計算になりはしないかと思いますね。

 

「景気研究所」ねえ……。

 実際はこの年の秋、生糸相場が暴落し、蚕糸恐慌が起きています。景気研究所所長は大丈夫だったのでしょうか。

 

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