プレゼントは常にうれしいものとは限らないということについてPart3

 昨日「妻からチョコをもらったことがない」と書いたらすごく叱られました。そして、ごでば?とやらのチョコアイスをいただきました。これって、あれですか?昨今はやりのツンデレとかいうやつ?よーわからん。

 

 さて、前回は「本をプレゼントする」という話をちょこっと書きましたが、ここで忘れてならないのが「献呈本」というものです。

 多いのは本の宣伝のために「著者献呈」とか「謹呈」とか印刷された栞をはさんだけのもので、面識もない人に勝手に送りつけられてきます。で、だいたいそういう本は、右から左に古本屋に流れてきます。ありがたいですね。

 中には長々と自著の宣伝文をしたためた便箋が挟まってたり、見返しに墨痕淋漓と署名されているものもあります。政治家の著書なんかに多いですね。こういうのも古本屋にどんぶらこっこと流れて来たりします。ありがたくないですね。売れないんですよ、政治家の著作って。

 こういう類いの本はおおむね、「プレゼント」というのとは別な意図をもって贈られてきます。有り体に言えば「宣伝材料」なわけです。見え見えなので、そういう意図にそった扱いしかされません。

 じゃあ、もし本当に純粋にその人に読んでもらいたくて自著を贈るにはどうすればいいのでしょう?

 

 そりゃまあ、今まで読んだ相手の著作の感想をキチンと書いて添えることです。考えてみれば当たりまえのことですが、ほとんど誰もやんないみたいですね。お互いに有名ならその必要もないと思いますが、無名の人が有名な人に読んでもらいたいと思うのなら、そうするのが礼儀なんじゃないかな、と考えるのですがいかがなものでしょうか。

 それに、きちんとした挨拶状だけでも本に付いていると、古本屋には回されづらいものです。

 

 

 

リスト/シューマン : 献呈 Op.25/1/シャーマー社ピアノ・ソロ用編曲