むしむしわくわく大行進!(グロ注意)

 今朝方電通大を通ったら、掲示板に「ミヤイリガイ発見百周年」で記念のイベントがある、とのお知らせが。ミヤイリガイって、お若い人は全然馴染みがないと思いますが、日本住血吸虫の中間宿主で、昔は甲府盆地の平均寿命を押し下げるほど猛威を振るいました。現在ミヤイリガイはほぼ絶滅し、同時にこの病気もほとんど見られなくなっています。

 なんで今さらこんなイベントを、とは思いますが、大げさでなく数百年もこの風土病(?)に怯えてきた人たちからすれば、「ほんとにあの頃はたいへんだったよね」と回顧したくなるものなのでしょう。なんか記念グッズとかいって、Tシャツとかキーホルダーとか作ってるし。誰が買うんだ。

 日本住血吸虫は、とりつかれると肝硬変を引き起こし、ほぼ助かりませんでした。外見的な症状は腹部の膨脹で、こうなるとほとんど末期。歴史的には「甲陽軍鑑」に最初の記述があるそうですが、伝説でなら北条時子がそれで死んだとの言い伝えが残っています。北条時子というのは北条政子の妹で、足利義兼に嫁いだ人です。膨れた腹を見て不倫を疑った義兼に、「死後、我が腹をあらためて見よ」と自害すると、腹から大量の虫が出てきたとかなんとか。今も足利の法玄寺に話が伝わっています。

 住血吸虫は未だもって、もし万一とりつかれたら完全な治療法はありません。症状を抑えることができる程度です。気をつけましょう。海外にはまだいます。

  似たようなのに肝臓ジストマがあります。今は肝吸虫と呼ばれるそうですが、これはタニシに寄生する虫で、「タニシは半煮えが美味い」ともりもり食ってた魯山人の死因となりました。こちらは治療法は確立してるそうです。

 

 さて寄生虫と言えば、もはや目黒寄生虫館にでも行かないとなかなかお目にかかれない昨今ではありますが、戦前までは「腹に虫がいる」なんてのは、ごく普通のことでした。回虫とか蟯虫とかサナダ虫とか呼ばれるレギュラー陣ですね。

 これらは、GHQがあまりの寄生虫の多さに驚いて駆虫の徹底を指示してから、どんどん減っていきました。小学校では全生徒に虫下しを飲ませ、出てきた寄生虫を箱に入れて持ってこさせたりしました。それで、一番大きな虫を出した子に、先生がお手製のメダルをあげて表彰したりしたとか何とか。DDTを頭からぶっかけた話とは違って、こういう臭そうな話題って、あんまり語りつがれないんですねえ。これぞ本当の「教科書が教えない歴史」ですな。

 実は、昔からある「腹の虫がおさまらない」「腹の虫が鳴く」てのは、全然比喩じゃなかったんです。

 これらの消化器官にすむ寄生虫は、江戸時代に広まりました。開墾をやりすぎて堆肥が足らなくなり、人肥に頼るようになったからです。堆肥ってのは、作ってる人には常識ですが、発酵するにつれて熱を持つので、寄生虫の卵が死にやすいんです。人肥も肥だめにためておくとある程度熱を持つんですが、やはり液体ですし、えーっと、いろいろ固形物も混ざってるんで、完全ではなかったわけです。

 

 今でも江戸時代の人骨ってのは、工事現場から出土しては博物館に持ち込まれます。そこからわかるのは、江戸時代のご先祖様たちは、非常に栄養状態が悪いということ。そのせいで、日本史上もっとも体格が小さい時代だった、と。

 栄養事情の悪さについては、「仏教の非殺生の思想から、獣を食べなかったから」なんて解説されたりしましたが、鳥や魚は食べてるわけで全然理由になってないですね。

 これ、たぶん、寄生虫が蔓延してたせいじゃないでしょうか。

 江戸期の出土人骨の多くに栄養失調の痕跡が見られるそうですが、実は寄生虫に取り付かれた人骨も似たような跡が残るものなんだそうです。

 戦後、栄養事情が良くなったのもありますが、どんどん平均身長が高くなったのは、寄生虫を駆除したからじゃないかと思います。特に子供の頃取り付かれたままになると、全然背が伸びなくなるそうですから。

 

 寄生虫といっても取り付かれるのは運・不運がありまして、とにかく生ものは絶対受け付けない人や、発熱しやすい体質の人は難を逃れたようです。坂本竜馬は瘧(おこり)の持病があり、ときおり高熱をだしていたので虫に取り付かれることなく、当時としては普通に背が高くなったんじゃないかな、と思います。でも梅毒にかかっちゃいましたけどね。

 魯山人がタニシ食べて肝臓ジストマにやられた話を先にしましたが、草野心平なんか若い頃川に入ってタニシを生のまま食べてましたが八十歳以上まで生きました。

 目黒寄生虫館館長によれば、結局よく噛むことが一番の予防だそうなので、きっと草野心平はよく噛んで食べる人だったのでしょう。

 

寄生虫のひみつ ムズムズするけど見てみたい「はらのむし」たちの世界 (サイエンス・アイ新書)  

 

 ところで、サナダ虫と言うのがいますね。腹の中で成長すると数mまでになるとかなんとか。こいつを腹の中で飼ってたのが頭山満という人です。

 この人は玄洋社という極右団体の親玉だったんですが、ある日、某お金持ちのエラい人のところへ「談判」に出向きました。

 すると、よくあることではありますが、すみっこの小部屋に案内されて、そのまま数時間放置されました。

 …………

 冬のこととて部屋の中はえらく寒い。一応火鉢が一つ置かれていたが、間に合うもんじゃない。

 じっと待つうち、頭山の尻がむずむずしてきた。

 ふんどしに手を突っ込んで探ってみると、肛門から何やら出ているのでむしって取り出すと、それはサナダ虫の尻尾だった。どうやら寒さに耐えかねて出てきたらしい。

 頭山はそれを、なんとなしに火鉢にぺちょりと貼付けた。

 すると、また尻がむずむずしてきた。同じようにむしりとって、火鉢の縁に貼付けた。

 そういうことを何度か繰返すうち、火鉢の周にぐるりとちぎれたサナダ虫が並ぶこととなった。

 そこへ、やっとのことでお目当てのエラい人が部屋にやってきた。が、部屋の中が何やら臭う。それも尋常じゃない異様なくささだ。

「なんだ、このニオイは?」

 エラい人が言うと、頭山は火鉢を指差して次第を話した。

 そして、「わしのおさまらぬ腹の虫がこのように出てきたのだ」と笑うと、エラい人は腰を抜かした。

 

…………

 

 うわあ……

 でもこういうのが「おおもの」の証しみたく語られた時代があったんですよねえ。くわばらくわばら。

人ありて―頭山満と玄洋社