ふしぎなポッケがなくてもかなえたらいいのにと思うアイディア

 夏くらいに「グーグル・グラス」とかいうのが発売するそうで、売り出す前から何やらずいぶん騒がしいですね。なんだかセグウェイのことを思い出してしまいますが、こちらはちゃんとどんなふうに「画期的」なのか、事前にきちんと発表しています。

 まあ、なんというか、90年代くらいまでは、こういうのを作るのは日本企業だよね、と無根拠な神話を信じていたりしたわけで、思えば寿命の短い神話でしたな。あの頃はまさかソニーがひとまねしかしなくなるとか、思いもしませんでした。最近なんかやってましたっけ?プレイステーションとか?

 

 現在の潮流としては、「パソコンなんてもう古い。デバイス抱えておんもへGO!」になってるわけで、ついにメガネかけるとそのまんまネットにつながるとか、SF映画そのまんまですね。そのうち『ニューロマンサー』みたく、脳みそが直接つながったりするんでしょうか。

 世の中がどうなろうが最後尾の方からずるずる引きずられていこうと考えている私ではありますが、それでも「こーいうのがあった方がいいのにな」という想いはあったりするわけです。なんか頭の中にドラえもんの主題歌が流れ出しましたが、どこでもドアみたいな100世紀くらい実現不可能なヤツではなく、今ある技術の延長線上にあるほんのちょっとの「アイディア」です。

 

 それは、机大のアイパッド(つまりタブレット型端末)があればいいのになあ、というやつ。

 つまり、机の上が全部操作画面になっているのでかなり多くのことができる、ということです。

 たとえば……

 

・ ディスプレイの好きな場所に好きな大きさで操作画面を設定することができる。

・ 好きなところにキーボードを出現させ、自分のタッチのくせに応じてキーの配置や大きさを変えることができる。

・ アイコンの大きさは現行のサイズからB5サイズまで大きくできる。大きくするとファイルの内容もある程度アイコンのまま読むことができるようにする。

 

 などなど。

 パソコンはこれまで、とにかく軽くしよう、持ち運びしやすくしようばっかりでしたが、むしろ巨大化させた方が用途がひろがっていいんじゃないでしょうか。

 もちろん耐水対ショック防塵は完璧に。

 これ、ちゃんと作ればきちんと売れると思いますけどね。潮流に逆行するときは大きく逆らわないと意味ないんで、机として使える大きさで作る、というのが大事ですね。

 

 とまあ、あれやこれやガラにもないことを考えてしまったりするわけですが、もし発売されたとしても私は買わないでしょうな。ええ、矛盾してます。でも矛盾することで一貫しているので平にご容赦。

 

ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)