このごろ「忘れたがり屋さん」がよく眼につくということもしくは人生とは忘れ去ることなりPart2

 今日はちょっと愚痴っぽくなるかもしれませんが、平にご容赦。

 

 先月、高橋源一郎が朝日に書いた「忘れさせる『力』に逆らう」はよかった。もっと早く書いてくれればもっとよかった。少なくとも、あの災害から二月後には、そういう「力」が動いていることが感じられたからだ。テレビでぽぽぽ〜んなCMが繰返されたり、かわりばんこに停電になったりしている中でも、そうした「力」がうごめいているのはよくわかった。なんたって、自分の中にもそういう「力」が働いていたからだ。

 だから「忘れさせる『力』に逆らう」のは、周りの状況だけでなく、自分自身も敵に回さなきゃならないという、なんともしんどい作業が必要になっていた。そのため、停電ですることがなくて漫画を読んでいる最中にも、(本当の「最悪」の事態は、日本中に放射能がまき散らされることじゃなくて、みんな今回のことを忘れてしまうことだよな)という非常にイヤな予感がしていた。そして、イヤな予感というのは往々にしてよく当たるものなのだ。ふう……

 

世界を不幸にしたグローバリズムの正体 世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す

 

 さて、ここから話変わって、J.E.スティーグリッツの話。

 ノーベル賞をもらったこの高名な経済学者は、リーマンショックが起きた時、「もう銀行は全部国有化しちゃえ」などなど、社会主義者も真っ青な意見を述べたりしていました。

 ところが最近、どうも宗旨替えと言うか、昔言ったことを忘れちゃってるみたいなんですね。アベノミクスをほめまくってます。別にアベノミクスをほめるのはかまいません。私だって、ここまできたら是非とも上手くいって欲しいと思ってるくらいですから。ただ問題は、昔言ってたことと違うというか、なんかリーマンショックなんかなかったよ、みたいな論調になってるってことですね。

 これはスティーグリッツに限りません。あれほどリーマンショックでひどい眼にあったにもかかわらず、人々、というかアメリカ人は、もうそんなことは忘れたかのようです。ウォールストリートを占拠した人たちも、今は場末のキャンプ場みたいな有様だそうで。

 まあ正確には、リーマンショックを忘れたのではなく、その時その事件から受け取った諸々の教訓を忘れている、ということですね。

 もう資本主義は、というか「経済」は、どこまでいっても「嘘」でしかないんだから永遠にウソをつき続けることにした、というどこかの誰かの密かな決意がこだましてくるような、そんな今日この頃なんであります。イギリスの連中がやってた利率の操作(バークレイズがやってたLIBORのやつね)だって、本来なら資本主義が根っこからひっくり返ってもおかしくないくらいのスキャンダルでしたが、みんな忘れたような涼しい顔して以前と同じくよろしくやってます。バークレイズもつぶれたりしませんでした。

 

 昔、というか今も、日本人はすぐ忘れる、というようなことをしたり顔で口にする「文化人」の方々がいらっしゃいますが、なんのことはない、とんでもなくひどいことがあると、誰でもみんな「忘れたがる」んですね。

 でもね、繰り返しになりますが、忘れると後でしっぺ返しがあるものですよ。「天災は忘れた頃にやってくる」と寺田寅彦は言わなくて、もっとくだくだ述べていますが、要するに「忘れちゃダメだよ」と言っているわけです。

 それなのにみんな寺田寅彦のことすらも忘れているわけです。

 

 

天災と国防