溝口健二『赤線地帯』の感想をメモしておこう

赤線地帯 [DVD]

 昨日は定休日だったので、溝口健二の『赤線地帯』という映画を見た。調布市が「調布シネサロン」という催しを月に一回やっていて、そこで古い日本映画を上映しているのだ。入場料はタダ。すばらしい。

 

 この映画は溝口健二の遺作になる。時代は戦後の、売春防止法が成立するかどうか、国会で綱引きしていた頃の話だ。映画は一九五六年に完成したが、製作中はまだ売防法は成立していなかった。映画のラストでは、国会で法案が否決されて業者が喜んび、「俺たちは政治の目のとどかないところを補ってやってるんだ」と娼婦たちに言い放つ。

 

 見ていて良く判るのは、「溝口健二は女が嫌いなんだな」ということ。ここには女の「愚かさ」と「社会」だけがあり、「男」はどこにもいない。男たちはこの惨劇を安心して見ることができる。基本はエンタティメントなのだろう。どこにも救いがないが。

 

 強く印象に残ったは、中年の娼婦ゆめ子(三益愛子)が息子に会うシーンだ。手前にうつむく息子が立ち、やや右前にゆめ子立って息子にかきくどくカットが凄まじい。映画の中で、この部分の荒涼とした空気が際立っている。

 

 工場で働く息子は娼婦をして自分を育てた母親を、「もう会いに来ないでくれ」と突き放す。ゆめ子は独り店に帰り、発狂する。

 溝口健二の妻も発狂している。精神病院にずっと入ったままだった。原因は溝口のわがままと罵詈であろう、とされる。溝口の死後も妻は入院したままで、病院で生涯を終えた。入院費は映画会社が支払っていたそうだ。

 

 発狂したゆめ子は、「満州娘」を朗々と歌う。

 その前のシーンでも歌っているのだが、歌にまとわる響きが違う。登場人物たちはしばらく何が起こったか判らない風だが、観客にはゆめ子が発狂したことがひしひしと伝わるのだ。