死がすべてを解決するとかいうガキの妄想につきあいきれないお年頃なのです

鳥はいまどこを飛ぶか (山野浩一傑作選Ⅰ) (創元SF文庫)

 

「皆殺しこそがすべてを解決する!」(山野浩一『ヘイ・フレイドリック』)

 

 死ぬとか殺すとか、へーきで口にするのはガキの証拠なんですが、それをやんわり受け流すのが大人の役目というものです。

 

娘「どーせあたしに死んで欲しいと思ってんでしょ!」

私「うん、そうだよ」

娘「?」

私「お前が子供を生んで、その子が大人になって、パパとママが死んだら、もういつでもいいから死んでくれ。むしろずっと生きてられたら困る」

娘「えー」

私「ちゃんと順番守れよ」

 

 いやほんと、子供の「人質は自分自身」発言には困ったもんですな。上記の会話は、ちょっと約束したお菓子が売り切れだったときのものです。やれやれ。

 

 そんな我が家では、娘が幼い頃、毎朝のように殺人依頼がありました。

娘「ねー、ころしてー」

私「よーし、ころしてやろう」

 なかなかふとんからはがれない娘を、ころころころころと転がすのでありました。これがけっこう腰にクる。

 まったく、娘をころすのもらくじゃない。

 

 さっさとこういう次元からは卒業して欲しいもんですが、中三になって受験が迫ってきて、またぞろ愚かしい問答の数々をせにゃならんかと思うと今から頭痛が痛いです。