ショーペンハウエルとワーグナーについてのメモ

 

 1854年、ワーグナーは作家ゲオルク・ヘルヴェーク(革命詩人でマルクスの友人)からショーペンハウエル『意志と表象としての世界』を読むことを勧められ、即座にハマる。 

 さっそくチューリヒの仲間たちとショーペンハウエル招聘の計画を立てるも、ショーペンハウエル御大からやんわり断られる。

 そこでワーグナーはカール・リッター(劇作家)に『ニーベルングの指環』の台本を託し、ショーペンハウエルのもとへと贈った。

 ショーペンハウエルは一応その贈り物を受け取ったものの、カール・リッターに伝えられた返礼は芳しからぬものだった。

 

「あなたの友人ワーグナー氏にニーベルングを贈っていただいたことに対する私の感謝の念をお伝え下さい。私はワーグナー氏を詩人としては尊敬adminierenいたします。しかし、音楽の方はおやめになった方がいいでしょう」

 

 ショーペンハウエルはすでにワーグナーの『さまよえるオランダ人』を耳にしており、その音楽を全面的に拒絶していた。ショーペンハウエルはモーツァルトやロッシーニが好きだった。

 

 さて、これでワーグナーがショーペンハウエルを嫌うようになったかというとさにあらず、「ともかく詩人として認めてもらえたのは良かった。逆に音楽が良くて詩がダメだと言われてたら最悪だった」と喜んだ。

 

 ちなみに、『意志と表象』はニーチェ哲学の原点であり、ニーチェがワーグナーの知遇を得るきっかけともなった。

 よく知られているように、ワーグナーの死後、ニーチェはその音楽を罵りまくることになる。