ワーグナーはきっと永遠に悪口を言われ続けるんじゃなかろうか

 昨日、ワーグナーがショーペンハウエルに「音楽家とか向いていないからやめれば?」と間接的に言われた話を書いた。

 でも、ワーグナーは全然怒らなかった。むしろそれまで以上にショーペンハウエルに傾倒し、のちに『トリスタンとイゾルデ』の台本も贈っていたりしている。

 なんで平気なんだろう?そこいらのチンピラ学生に文句を付けられたんじゃなく、自らも讃仰する大哲学者にダメだしされたってのに。ワーグナーはもしかしてマゾ?

 んなわきゃーない。ワーグナーはそれまでに散々悪口を言われまくってて、この程度の批判なら、ががががーんとはねかえすようになっていたのだ。

 ワーグナーがどのくらい悪口を言われたかというと、1877年にワーグナーへの悪口ばかり集めた「ワーグナー事典」が出版されたくらい。熱狂的なワグネリアン(という言葉は当時なかったと思うけど)がバイロイトに集う一方で、悪口の方もかなり熱狂的に、古い喜劇映画の「パイ投げ」よろしく、微塵のためらいもなく次々とぶつけられていたようだ。

 今もバイロイトでは『ニーゲルングの指輪』が演奏され、世界中からワグネリアンが満潮時のアカテガニのように群れ集まり、何日も続く快楽に酔いしれている。ハンスリックは有名な『音楽美について』の中で、『指輪』をアヘンにたとえ、バイロイトを「アヘン礼賛者の寺院」と呼んでいる。

 どうせなので、ワーグナーに投げつけられた悪罵の数々を、ここに採録しておこう。ほんの一部だけど。

 

 ワーグナーは明らかに狂っている (ベルリオーズ、1861年3月5日の手紙)

 

 リヒャルト・ワーグナーを良く知れば知るほど、彼は音楽の才能など授かっていないということや、音楽は彼の母語ではないことがわかる。

 (ヘンリー・スマート、Sunday Times紙1855年5月12日)

 

 最近の頭痛のタネは、といってもかなりひどい頭痛なんだが、『タンホイザー』なんだ。まあそのうち、ネコがピアノの鍵盤を歩いて出る音を使って、似たような音楽を作ってやろうかと思っている。

 (プロスペール・メリメ、1861年の手紙)

 

 貧弱な旋律、極端に乱れた和声、全く不徹底な型式、理解可能だが表現力に乏しい理念。私たちは『タンホイザー序曲』の演奏を、見下げ果てた行為と見なさねばならない。

 (W.H.グローヴァー、Moning Post紙1855年5月10日)

 

 ワーグナーという男からは、才能の片鱗すらも感じられない。……彼のオーケストレーションは装飾的だが下品だ。ヴァイオリンが最高音域で悲鳴を上げ、聴衆を極度の緊張状態に陥れる。私は演奏会が終わる前に席を立った。賭けてもいいが、もう少しあそこに座っていたなら、私も妻も神経症の発作を起こしていただろう。神経症はワーグナー自身の持病だろうか?

 (セザール・キュイからリムスキー=コルサコフへの手紙、1863年3月9日)

 

 ワーグナーはハンマーでもって、あなたの頭にゆっくりと釘を打ち込むのだ。

 (P.-A.フォレンティーノ、『芝居と役者』1867年)

 

 これは未来のネコの音楽だ。こんな曲はきっと、ピアノをうまく弾けないやつが白鍵と黒鍵を取り違えるとか、そんな次第で出来上がったんだろう。

 (ハインリヒ・ドーン、『我が生涯より』1870年)

 (注:ワーグナーは一応ピアノが弾けたが、運指が自己流で上手ではなかったそうだ)

 

 『マイスタージンガー』で行われている悪ふざけは、かつて美術・料理・音楽・詩歌の何れにおいてなされたものよりもひどい。

 (フェルディナント・ヒラー、1870年)

 

 この音楽は、ただ下劣な本能に訴えかけるだけのものだ。ワーグナーの音楽は、天使を目覚めさせるのではなく、ブタ箱野郎を呼びさます。そして、どちらも殺してしまう。これは発狂した宦官の音楽だ。

 (フィガロ紙、1876年7月26日)

 

『ニーベルングの指輪』は傑作なのかも知れないが、この曲ほど退屈で人を疲れさせる手続きを踏む代物はない。複雑に工夫された和声の集積、ステージ上の色彩感のない歌、果てしなく続く対話などのすべてが、神経を極限まで疲れさせるのだ。過去において音楽は人々を喜ばせるものと考えられていたが、今や音楽は人々を悩ませ疲労させるものとなっている。

 (チャイコフスキー、弟宛の手紙1876年8月20日)

 

 ワーグナーとは、旋律の敵、異端の探求者、芸術の破壊者、生まれながらの変人である。

 (G,P,ズリアーニ、『リヒャルト・ワーグナーのローエングリン』1880年)

 

「ワーグナーの曲は、誰の曲よりも好きよ。周囲の迷惑なんか気にせずにおしゃべりできるもの」

 (オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』)

 

 ……とまあいった次第。これでも表現が上品な方で、その他はクソだ屁だゲロだと言われ放題。パンクロックだってここまで罵られなかったんじゃなかろうか。

 さらに興味深いのは、1855年6月30日のMusical World紙に載せられた『ローエングリン』評。

 

 中国人が我ら英国水兵を撃退しようと山の上で鳴らすゴングその他の耳障りな金属楽器の炸裂音やジャラジャラ音は、音楽と見なされる資格はない。

 

 当時、「中国の音楽」という比喩は、「わけの分からん音楽」という罵倒の定番文句だった。(おそらくバルトークの『中国の不思議な役人』はそこら辺を意識している)

 この批評は、はからずも予言となった。

 1950年12月5日、朝鮮戦争の最前線において、『ローエングリン』の旋律が流れたのだ。国際通信社によってインタビューを受けたヘンリー・ルーズ兵卒はこう証言する。「午後九時頃、陣地から100ヤードほど離れた山の上から『ローエングリン』の旋律が聴こえてきた。それは独りの中国軍のラッパ手が演奏するものだった。続いて、中国人の声が英語で谷を渡って聞こえてきた。『これはあなた方へのメッセージだ。もうこれを二度と聴くことはできないだろう』……」

 そしてとどめとしては、ニーチェによるワーグナーへの悪罵があげられるだろう。

 ニーチェはワーグナーの音楽を「ペストだ」と嘲っている。

 これは一瞬判りづらいが、「ペスト」はワーグナーが「ユダヤ的なもの」を罵る時によく使った比喩なのだ。まあ、この時代の反ユダヤ主義者の決まり文句みたいなもの。ニーチェはそれをあえて使うことで、ワーグナーの音楽の底流に流れるものをえぐり出そうとしたのだろう。

 

 

ニーチェ全集〈14〉偶像の黄昏 反キリスト者 (ちくま学芸文庫)