禅ってものはあまり「ZEN」じゃなかったりする。

座禅でバシッ・・・体罰にあらず

http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201305030430.html

 

 あんな平ぺったい板で少々なでられたくらいであれこれいうのも野暮ってもんですが、禅宗のエピソードなんか読んでるとけっこうひどい話が多いですけどね。ビンタなんか普通。げんこつでタコ殴りとか、樫の棒でもって足腰立たなくなるくらい叩いたり、あげくには腕を切り落としたり足を切り落としたり、相手を殺しちゃったり。

 一休さんとかのイメージで読むとびっくりします。

 

 ここでひとつ、ちょっとイヤな禅の話。

 あ、ネコ好きな方は読まないで下さい。

 

 ある日のこと、南泉禅院の南泉和尚がネコを一匹つかみあげ、弟子たちにこう問うた。

 

 道得即救     道(イ)い得ば即ち救わん

 道不得即斬却也  道(イ)い得ずんば即ち斬り却(ステ)るなり

 

 禅問答ってやつですね。このネコを救けたければ、悟ったようなことをなんか言えや!ってことです。

 ところが、並みいる弟子たちは和尚の気迫に呑まれたのか、何も言えなかった。それで、和尚は何の罪もないネコを斬り殺しちゃったいました。うわあ、「殺生禁断」じゃねえのかよ、と思っちゃいますが、悟りをすべてに優先する禅宗では、こうした血腥いことがよく起こるんです。

 さて、晩になって高弟の趙州が出先から帰ってきました。

 南泉和尚がこの弟子に昼間の出来事を話すと、趙州がはわら靴を頭にひょいと載せて何も言わずに立ち去りました。

 和尚は「ああ、お前がいてくれたらネコを殺さずにすんだのに」となげいたそうです。

 

 ……えーと、わけがわかりませんね。

 実はこの話、わかったようなことを言うと「喝!!!!」と言われちゃう類いの話なわけで、生きるか死ぬかの瀬戸際でひょいとおどけてみせられるかどうか、ってことなんです。だから「なんか言え!」と言われたからって別に何かいわにゃならんわけじゃんくて、それこそ「ほげたらほい♪」とか歌いながら腹づつみしたっていいんです。まあ、そこらへんの「禅機」ってやつが弟子たちにはわからんかった、と。わからんわな、ふつー。

 

 禅ってのは司馬遼太郎に言わせると「一万人に一人の天才のための宗教」なんで、そんなもん「宗教」と呼べるのかという問いはさておき、おいそれと学校教育なんかに持ち込まん方がいいんじゃないかと思いますけどね。でも最近の禅僧はそんなに悟ったりしてないから、杞憂かもしれません。

 

無門関 (岩波文庫)