どうせわたしをだますなら?

 初めてもらったお年玉ってどうしたか憶えていますか?

 私は母親に「ママが預かっておいてあげるからね〜」と巻き上げられてしまいました。でもまあ、ほとんどの人がそうでしょう。ちなみにウチの娘もそうですが、妻がちゃんと口座作って貯金してますな。うむ、えらいぞ。

 お年玉に限らず、親ってのは子供にウソをつくもんです。というか、ウソをつかないと育ててらんない。ウソが家族を作るんですね。

「おー、よしよし」

 良くないし。

「そんなとこでいじけてると、置いてっちゃうよ!」

 置いてかないし。

「痛いの痛いの〜飛んでけ〜〜!」

 飛んでかないし。

 

 ハイデガーによれば、人間はこの世界に丸裸で「投げ込まれて」おり、そのことからくる「不安」が、人間に真理やらをもとめさせるんだそうです。

 とりあえず真理やらと無縁な普通の人間は、適当なコトかまして安心させるしかないんで、家族とか、ちょっと広げて「共同体」てのは、おおむねウソでかたまってるわけです。

 だから、ごく普通に生きてる人でも、内心は「自分はなんかどっかだまされてんじゃないの?」という不安を抱えてるわけです。別にだまされてるわけじゃなくて、家族なり「共同体」なりの成員となるために、不安を矮小化してるだけなんですが。

 じゃあ、もしそこにほんまもんの「真理」なんてのが現れるとどうなるかってえと、家族なり「共同体」なりはバラバラにされちゃいますね。現れやしませんが。

 

 まあそれはそれでそういうもんだってことなんですが、そこへちょっと小狡いやつが現れて

「君たちは今までだまされていた!さあこれが『真理』だ!!」

 とかますと、悲しいかな、「不安」を抱えたまま生きていた人たちはこぞってそっちに流れちゃいます。なんかこういうの、頭の良し悪し、IQの高低に関係ないみたいですな。オウム「真理」教とは、よく名づけたもんです。

 ハイデガーは「民族の歴史へと再度己を投げ込むべきだ」とか言い出しまして、念のため言っとくとハイデガーの言う「歴史」てのは「宿命」みたいなもんですが、何を考えたのか考えなかったのかナチスに入党しちゃいました。何やってんだか。

 

 ほんまもんの「真理」なんてのは、共同体から個々人をばらばらに解体するもんで、「真理」のその先になんらかの別な集団が存在するなら、それは真理なんかじゃなくてもう一つ別のウソってだけです。あ、集団てのは、カルトに限りません、国家すら含みます。

 だから実は人間は「真理」なんか求めてなくて、求めているのはもう一つ別の「心地よいウソ」なんですね。

 

 なんか話が広がってきちゃいましたが、なんで「オレオレ詐欺」(新しい名前を募集中だそうですが)みたいのがなくならないかというと、家族にとって「真理と向き合うこと」すなわち「家族が解体する危機に直面すること」なんかより、目の前のウソを信じた方が「ラク」だからです。たとえ大金を払っても。困ったもんだ。

 

 

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