人間は恋と革命のために生まれてきたのだ(太宰治『斜陽』)Part.2

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昨年は、何も無かった。

一昨年は、何も無かった。

その前のとしも、何も無かった。

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 上記は太宰治『斜陽』に出てくる詩である。

 作者が分けて記されていないので、太宰自身が書いたのだろう。

 そして、この詩のあとに、こう続けられている

 

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 そんな面白い詩が、終戦直後の或る新聞に載っていたが、本当に、いま思い出してみても、さまざまの事があったような気がしながら、やはり、何も無かったと同じ様な気もする。私は、戦争の追憶は語るのも、聞くのも、いやだ。人がたくさん死んだのに、それでも陳腐で退屈だ。けれども、私は、やはり自分勝手なのであろうか。

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 主人公の独白の様な形をとって入るが、おそらくこれは太宰の本音……だけではなく、太宰が読み取った社会の表面に現れない「時代の本音」だったのだろう。

 

 去年、この一節を引用しようかと思ったが、ふと手が止まってしまった。

 そうなることを、自分自身すらもが心のどこかで願っている様な気がしたからだ。そしてもちろん、自分以外の顔も知らぬ大勢の人々も。

 将来、誰もがそこから目を背け、忘れようとしたら、放射能よりも酷い害が社会を蝕むだろう。そして、その懸念はほぼ現実となりつつある。

 

「あじさい革命」という呼び名は結局定着しなかった。しないだろうな、とは思ったが、やはり言わなかった。

 

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……霧の庭に、アジサイに似た赤い大きい花が燃えるように咲いていた。子供の頃、お布団の模様に、真赤なアジサイの花が散らされてあるのを見て、へんに悲しかったが、やっぱり赤いアジサイの花って本当にあるものなんだと思った。

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 本日、桜桃忌。また雨が降っている。

 

 

斜陽