編集という名の罪深い行いについて

 つい一昨年まで、とある出版社(一応名が知れているとこ)でアルバイトのようなことをしていた。

 何をしていたかというと、本になる前の原稿を読んでチェックしたいたのだ。

 本来編集のやるべきことなのだが、外からの意見を容れて刺激を与えたい、との試みだったようだ。黒豆の煮物に古釘を入れるようなものだろうか。

 そうして目を通したものは、最初に編集がフルイにかけているから、箸にも棒にもかからぬ、というものは少なかった。

 それでも、かなりキツい「アドヴァイス」を書き入れることが多かった。

「遠慮なく、辛口で」と言われていたので、もし著者と編集が顔見知りであったなら言いづらかろうことなども、どしどしと注文をつけた。

 しかし、もし、この中に埋もれた名著の類いがあったとしたらどうであろうか。

 私がずけずけと批判したせいで、名著として誉まるるべきものが消え去る運命になったとしたら……?

 私は社会や文化や歴史にとって、とてつもない罪を犯したことになる。そして誰もが私の名をあげて指弾するのだ、「このバカのせいでこんな素晴らしい名著が埋もれるところだった!こんなやつの墓碑銘には一言『バカ』と書いてやればいい!!」

 そのようなことが起こりえただろうか?

 

 

 

まことに残念ですが…―不朽の名作への「不採用通知」160選 (徳間文庫)

 

 さて、上記の本は、数多のベストセラーや名作に添えられた、編集者たちの拒絶の言葉を集めたものである。

 気になるものをいくつかあげてみよう。

 

……………………

アンネ・フランク『アンネの日記→この少女は、作品を単なる”好奇心”以上のレベルに高めるための、特別な観察力や感受性に欠けてるように思われます。

 

フォークナー『サンクチュアリ→いやはや、こんなものを出版するわけにはいかん。編集者も作家も監獄行きだぞ。

 

パール・バック『大地→まことに残念ですが、アメリカの読者は中国のことなど一切興味がありません。

 

フローベール『ボヴァリー夫人→貴殿はご自身の小説を、秀逸とはいえ、はなはだ余分な枝葉末節に埋めてしまわれた……。

 

トマス・ハーディ『テス→……不穏当なほど露骨だ。

 

ヘイエルダール『コンティキ号漂流記

→人が筏で漂流するというテーマには魅力があるが、全般的に、長く重く単調で退屈な太平洋航海記である。

 

ノーマン・メイラー『鹿の園→この小説は出版業界を二十五年退歩させるものです。

 

ノーマン・メイラー『裸者と死者→冒涜的で卑猥な会話が引き起こす問題に比べれば、作品の良し悪しなど二の次だ。これは絶対に出版できない。

 

ジョージ・オーウェル『動物農場

→アメリカ合衆国では動物の話は売れません。

 

プルースト『スワンの恋』(『失われた時を求めて』の第一部)

→ねえ、きみ、わしは首から上が死んじまってるのかもしれんが、いくらない知恵をしぼってみても、ある男が眠りにつく前にいかにして寝返りをうったかを描くのに、なぜ三〇ページも必要なのか、さっぱりわからんよ。

……………………

 

 などなど。中には出版社の断り状を貼付けたら、部屋の壁を埋め尽くすほどになったとか、イタズラであるベストセラーを丸写ししたものを別なタイトルでいくつかの出版社に送ったら、その元の本をだしている出版社からもていねいな断り状がきたとか、本を書いている人にはニヤリとさせられる話がてんこもりだ。

 

 さて、私も上掲の編集者たちと似たような間違いを犯しただろうか?

 それは神ならぬ身、知る由もないと逃げておくのが上策だろうが、ここは「絶対になかった」と言い切っておきたい。

 

 原稿をチェックされるというのはイヤなものだ。ほんの少しでもケチがつけば、たちまち相手の鼻面に唾を引っ掛けてやりたくなる。編集者はそのイヤな役を引き受けるのが仕事で、私は悪役の手先というか、ショッカーの戦闘員みたいな役目を引き受けていたわけだ。

 なので、原稿をチェックする際、自分なりに気をつけていたことがある。

 私は直接著者に会うことはなかったが、もし著者が編集者に「なんだこのエラそうなチェックは。そんなにダメだしするなら、これを書いたやつに書かせればいいじゃないか」と反論したなら、「はい、わかりました。私が書きましょう」と二つ返事で引き受けることができるかどうか、ということだ。

 要するに、自分にもできないことは注文しなかった。

 確か、昔の有名な文芸編集者が、こんなことを書いていたと記憶している。

 

1.編集者だからこそ、作家より本を読んでいなくてはならない。

2.編集者だからこそ、作家より教養がなくてはならない。

3.編集者だからこそ、作家より文章が上手くなくてはならない。

 

 粕谷一希だったか臼井吉見だったか……まあとにかく、だいたいこんな内容だ。3.がちょっとハードル高いかな。
 アルバイトとかなんとか、著者の側からしたら関係のないことだ。自分が苦心惨憺した血と汗の結晶に、ちょろちょろ小生意気なケチを付けてくるブヨの如き輩、それが編集者というものだ。こちらも真剣に取り組まなくては、そうした憤怒に対抗することなどできない。あまりにひどい文章だったときは、家に持ち帰ってほとんど書き直したこともあったっけ。

 

 ところで、妻はライターをしているが、私は妻の文章をチェックすることがほとんどない。

 我が家の平和のために。