ちょっと気になってることを少しばかり

 イスラム教の開祖ムハンマドがある日いつものお祈りに出掛けようとすると、袖の上でネコがまるくなって寝ていた。ムハンマドは短刀をすらりと抜くと……ネコを起こさないように袖を切って立ち上がった。

 

 有名なムハンマドのネコ好きエピソードです。

 で、これ、谷崎潤一郎もマントの端にネコが寝てて……という似たようなエピソードがあるそうです。

 大好きなものがすやすやと眠っていたら、それを起こさないように気をつかう、というのは洋の東西を問わないのでありましょうが、お隣の中国で「断袖」といえば別な意味になります。

 前漢十二代皇帝の哀帝が寝床から起きようとすると、衣の上に愛する菫賢ちゃんが寝ていました。哀帝は愛する菫賢を起こさぬよう、衣の袖を切っておきあがりました。

 哀帝がどのくらい菫賢ちゃんを愛していたかというと、禅譲して菫賢ちゃんを皇帝にしちゃおう、とか考えてたくらい。え?皇帝?え?って感じですが、つまりこの菫賢ちゃんは男なんですね……

 なので、中国で「断袖」といえば、男色を意味します。

 

 こういう話の構造を同じくするエピソードが、地理的には成れて存在する場合、元になったもっと古いエピソードがあるんじゃないかと考えられるわけですが、未だに出あわない。うーん。

 

 ちなみに、男色は儒教的には蛮習なわけで、あんまりおおっぴらではなかったようですが、唐代に陶穀が著した『清異録』には「京師(みやこ)の男子は、自分の体を自ら売りに出し、送り迎えして恬然としている」と書かれているとのこと。さらに『五雑組』では、明代に娼妓が禁じられたため、小唱と呼ばれる男娼が代わりを務めていたそうです。

 

 

五雑組〈1〉 (東洋文庫)