とかくクラシック・マニアは小澤征爾の悪口を言うのがお約束になってるようだけど

 上のは小澤征爾指揮、サイトウキネンの『弦楽セレナーデ』です。二〇一〇年にがんの手術を受け、そこから復帰したときのものですね。手術を受けてすっかりへろへろになったかと思いきや、以前よりずっと情感がなめらかになっててすっかり舌を巻きました。オケのサポートもあったとは思いますが。

 サイトウキネンの弦はベルリン・フィルにも負けてないと思うので、その実力が如何なく発揮された演奏と言えましょう。(こういうことを言うとマニアの人は『わかってないな〜」とニヤつきながらイラつくんでしょうけど)

 

 ところで、ちょっと大きめの書店で「音楽関係」のコーナーに行くと、やたらクラシックの書籍が多いですよね。下手するとロックやポップスよりも多かったりする。CDショップのクラシック・コーナーなんか、ポップスの十分の一以下、それも半分くらい「のだめ」関係だったりしますが、書籍ではその勢力が逆転しているわけです。もちろん「のだめ」抜きで。

 何でこのような現象が起こるのかというと、クラシックってただ聞いてるだけではよくわからんことが多すぎるからですね。「クラシックは聴くものではなくて読むもの」なんて言った人もいます。まあ、この場合の「読む」は楽譜のことですが、関連書籍でもいくらかはそう言えるんじゃないかと思います。ほんと、歴史とか背景とか知らないと、題名すらも謎な曲がぞろぞろなんで。そういうのがクラシックの敷居を高くしてる、というのも確かですけどね。

 そうした中から、稀にではありますが、ベストセラーが生まれることもあります。あ、「のだめ」のことじゃありません。

 

 

小澤征爾さんと、音楽について話をする

 

 はい、こちらになります。こりゃもう企画の勝利で、出た時点で売れるのがわかってるような本ですね。いいなー。

 中で語られていることは、クラシックに興味がなかったらなんもわからんようなことばっかです。

 でも、海外に出たばっかの頃の小澤征爾は英語がさっぱりだったとか、桐朋で小澤に英語を教えてたのは丸谷才一だとか、音楽以外にも興味が惹かれる話しがないことはないです。

 そして印象深いのは、小澤征爾が過去に対してまったく愚痴っぽいことを言わないことですね。編集でトリミングしてんのかもしれませんが(N響とか日本フィルとか天皇直訴事件とか)、そうしたもろもろにいちいちけつまづいてたら冒頭の動画(?)の音なんか引き出せないんじゃないかと思ったりします。

 あーでも、本に載せらんないグレン・グールドのエピソードって、なんだ。そんな思わせぶりなことするくらいなら、黙ってカットしといてくれよー。じたばた。