とかくクラシック・マニアはN響の悪口を言うのがお約束になってるようだけど

 どうも日本のクラシック・マニアにとって、NHK交響楽団というのは「いくら悪口を言ってもいい」存在のようで、クラシック関係の書籍を読むとしょっちゅう「へた」「響きが汚い」「やかましいだけ」などの罵倒を目にします。なんというか、あんなものを褒めたら日本人の沽券に関わる、とでも思ってるみたいですね。

 その影響なのか、たいしてクラシックを聴かないウチの妻ですら「N響ってたいしたことないんでしょ?」と口にする始末。今はもう言いませんけどね。言ってたことも忘れてると思います。だいたいクラシックを聴かない人の認識ってのが、ウィーン・フィルとベルリン・フィルしか知らなくて、すぐそこらへんと比べたがるのが困る。その二つとコンセルトヘボウあたりは「超」一流なんで、比べようとするのがおかしい。N響はちゃんと一流です。チェコ・フィル、ロイヤル・フィルあたりとなら遜色ありません。こういうこと言うと、チェコやロイヤルのファンがまた罵倒したりするんですね。なんでだ。大河ドラマのテーマとか演奏するのがいかんのか。じゃあボストン・ポップスはどうなるんだ。

N響85周年記念シリーズ:ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集/ウィルヘルム・ケンプ (NHK Symphony Orchestra, Tokyo) [3CD]

 さて、N響がレベルアップするにあたって、独りで成長できたわけではありません。ちゃんと立役者がいます。オールド・ファンにはおなじみ、ヨーゼフ・ローゼンシュトックであります。

 

Jozef Rosenstok(1895-1985)
Jozef Rosenstok(1895-1985)

 一九三六年、まだN響が新交響楽団という名前だった頃、常任指揮者としてヨーゼフ・ローゼンシュトックがやってくることになりました。

 関係者はみんなびっくりしました。声はかけてみたけど、そんなビッグネームが極東の島国に来てくれるとは思いもよらなかったからです。「同姓同名の別人が来るんじゃねえの?」というひねくれた声もありましたが、本当にどっからどうみても本物のご本人がやってきてしまいました。

 というのも実は、ローゼンシュトックはポーランド生まれのユダヤ系で、活動拠点にしていたドイツにいられなくなってきた、そんな事情があったのです。それがなんで日本に、というのはよくわかりませんが、当時ドイツにいられなくなったユダヤ人が日本に来る、ということは間々あったようです。東北大学で教鞭をとっていたカール・レーヴィットも同じパターンですね。レーヴィットはハイデガーの高弟でしたが、師匠のハイデガーはユダヤ人のレーヴィットの前でナチスの党員証を見せびらかすような人でした。この人も同じ年の一九三六年に来日しています。

 三国同盟の締結は一九四〇年ですから、それよりも四年前の当時はまだ、日本の側にも多少「余裕」のようなものがあったのでしょう。

 

 さて、モノホンの巨匠がやってきてびっくりした新響(N響)でしたが、その練習が厳しいことでもまたびっくりしました。とにかくもう、来る日も来る日も練習練習練習、そして少しでもミスすれば容赦のない怒声・罵声が投げつけられるのです。ローゼンシュトックは、クラシックについてはまだまだ後進国の島国のオーケストラに対して、まったく「手を抜く」ということをしませんでした。

 夏などは当時クーラーなんか当然ありませんから、練習が終るとレッスン場に汗がたまって潮溜まりみたいになってたそうです。どこの空手道場だよ、って感じですが、巨匠も大汗かいてやってるんだから文句は言えません。

 戦争が激しくなってくると、上空を飛ぶ戦闘機の爆音でレッスンが中断することもありました。しかし、ローゼンシュトックはそれにも負けない音量で

「聞け!ブラームスの霊もこのように怒ってるぞ!!」と叫びました。

 その時はブラームスの一番のレッスン中で、さっぱり上手くいってなかったんだとか。

N響85周年記念シリーズ:ボロディン、チャイコフスキー/ローゼンストック、ロイブナー (NHK Symphony Orchestra, Tokyo) [2CD]

 

 晩年、演奏活動から引退したローゼンシュトックのインタビューが日経に載っているのを読んだことがあります。

 すっかり好々爺になっていたローゼンシュトックは、記者に日本での思い出をあれこれと語りました。

 記者が「あなたの練習はとても厳しかったので、オケのメンバーは何度も辞めようと思ったそうですよ」

 と言うと、ローゼンシュトックはとてもすまなそうに答えました。

「それはかわいそうなことをしました。申し訳ない気持ちでいっぱいです」

 そして、こう付け加えました。

「私は、ごく当たりまえのことをしたつもりだったのですが……」

 

 紳士淑女が着飾っていくコンサートも、空調のきいた画廊に並べられる芸術作品も、制作される過程は泥臭く汗臭い、余人の想像を絶する研鑽と練磨の連続だったりするわけなのであります。

 

コメントをお書きください

コメント: 4
  • #1

    梵天勧請 (土曜日, 04 2月 2017 17:48)

    私は、N饗が好きで、ずーーっと聞いています。
    何十年も金管がダメでしたが、菊本さんや長谷川さんが入団されて非常に良くなったと思います。
    もともと他の楽器は名手ぞろいですから、最近は名演が多いと思います。
    外国のオケを褒める人が多いですが、そんなに素晴らしいとは思いません。
    名門とされるオケでも、やる気が有るんだか無いんだかと思われる演奏も多々有ると思います。パーボさんのもとで、N饗は益々良くなると思います。毎週の定期演奏会が楽しみです。

  • #2

    keyaki3jp (水曜日, 23 10月 2019 12:15)

    N響は間違いなく世界のトップレベルです。世界のオーケストラ地図を変えようとしています。でも、そう簡単には、東洋のオケが世界、特に欧米の音楽マニアに受け入れられない、すなわち、彼らの意識に定着しません。今がその勝負のときだと思われますが、地元、日本のファンの意識が変わらないのは残念ですね。海外での評価が高くなって、やっと日本のファンが見直すようなパターンかも知れません。スベトラーノフ、プレヴィン、マリナー、ブロムシュテットらの巨匠達との関係を見てください。彼らは日本のオケに理由なく肩入れする理由などありません。彼らにとって、残り少ないきわめて貴重な時間を、N響との演奏のために本気で過ごした(過ごしている)のです。

  • #3

    ヴィクトリア (木曜日, 12 12月 2019 04:31)

    N響の演奏水準はとても高い。技術だけでなく、音楽の理解力も高くなってきた。
    望むらくはN響専用の音楽ホール。
    世界の一流オケには素晴らしい音響のホールがある。サントリーホール並み(あるいはそれ以上)のN響専用ホールがあれば更なるレベルアップは間違いと思う。NHKホールは多目的ホールとしては良いが、N響コンサート専用ホールが欲しい。
    N響の海外演奏旅行でそれを痛感した。
    イギリスのどこか忘れたが、そこのホールで聞いたN響の演奏はイギリスのどのオケより上だと思った。

  • #4

    ヴィクトリア (木曜日, 12 12月 2019 07:58)

    訂正
    7行目
    「更なるレベルアップは間違いと思う。」
    ではなく、「更なるレベルアップは間違いないと思う。」
    失礼いたしました!